第6章 稀代の悪人は、宿敵と再会する
第175話 悪人は、二度目の結婚式を迎える
バルムーアを滅ぼしてから、もうすぐ3か月が過ぎようとしていた。
「新郎ヒース・フォン・アルデンホフは、新婦ルキナを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も、貧しき時も富める時も、これを愛し……」
この春にも、同じような誓いを神に求められたが、違っているのは、新婦がエリザではなくルキナになったこと、そして、家名がルクセンドルフからアルデンホフに代わったということだった。
これは、王位継承順位第3位のルキナ王女を妻に迎えるにあたり、正式に建国以来の名門たるアルデンホフ公爵家を継承したからに他ならない。
「それでは、この結婚証明書にご署名を……」
だが、当然のことながら、エリザと別れたわけではない。ルキナは全て承知の上で、予定通り第二夫人としてヒースと婚姻を結ぶことになる。儀式の最後に枢機卿に勧められるままに署名をして、夫婦となった二人は、最前列に座る国王ハインリッヒに頭を下げると……
「汝ら夫妻が末永く我が王室を支えてくれることを期待する」
席から立ち上がったハインリッヒ王に扮した【陽炎衆】の男が祝福の言葉を発して、儀式は一先ず終わりを迎える。
「ロンバルド王国万歳!!」
「若き公爵ご夫妻に祝福を!!」
宰相たるローエンシュタイン公爵が音頭を取って、それに続く形で参列者による歓声と拍手が鳴り響く中、ヒースはルキナの手を取り、ゆっくりと中央の道を歩きながら部屋の外に向かう。
王族の結婚式という国家行事であるため、ここにいる参列者は国の重鎮や友好国からの大使ばかりで、学院の友人……ルドルフでさえも、参列は許されていない。家族の参列も、ルキナの側、王族は全員揃っているが、ヒースの方は父親であるオットーのみで、カリンら妹や弟の姿もない。
そのため、エリザとの時と比べて豪華ではあるものの……どこか味気なさを感じながら、ヒースは王族としての最初の儀式を無事にこなしたのだった。
「ふぅ……」
王宮で行われた派手な披露宴を終えて、新しく建てられたアルデンホフ公爵邸に戻ったヒースは、ソファーに深く身を委ねて息を一つ吐いた。それを見て、ルキナはグラスにワインを注いで、「おつかれさま」と言葉を掛けて手渡した。
なお、この屋敷はルキナのために用意されたものであるため、エリザはルクセンドルフ侯爵邸に留まっていて、この屋敷にはいない。それゆえに、今はふたりきりで……ルキナはそのままヒースの隣に座り、頭をピタリとその肩に寄り添わせた。
「ルキナ……」
「ねえ、覚えている?わたしと初めて会った時のことを……」
「忘れるわけがないだろう。だが……今でも時々思う。おまえのことを思えば、あれでよかったのだろうかとな」
信貴山城の籠城戦で禁欲中だったとはいえ、半ば無理やりにルキナを抱いたことは自身の「嫌がる女は抱かない」という主義には反していた。結果、彼女は神格を失い、この世界に落されることになったのだ。そのため、ヒースは少なからず責任を感じていた。
だが、ルキナはそのことを責めるつもりでこの話題を持ち出したわけではなかった。
「わたしね……あのときのことが忘れられないの。だから……」
ヒースの手を取り、自分の胸元に引き寄せてルキナは言う。あのときのように抱いて欲しいと。
「それに、エリザが妊娠中だし……あの時と同じように溜まっているんでしょ?」
だったら、何も問題ないわよねと妖艶に笑う彼女に、ヒースは「もちろんだ」と答えるしかなかった。まさか、スターナイト・シスターズのディアナを昨夜しっかり味見したから大丈夫だ……とはいえずに。
ただ……ルキナを押し倒して、その体を愛撫しながら……ヒースは久しぶりにあの時の記憶を思い出したことで、何か忘れ物をしているような感覚を抱いた。今はないが、あのとき何か大事な物を持っていたのではないかと。
「あ!」
「ん?どうしたのよ。まさか、この期に及んでエリザに義理立てするつもり?」
急に手が止まり、何かに気づいたような声を上げたヒースにルキナは眉を顰めてそう訊ねた。「それならしっかり協定を結んでいるから大丈夫よ」と声を掛けようとしたとき……ヒースは言った。「あのときの平蜘蛛茶釜はどうなったのか」と。
「もう……何かと思ったらそんなこと?どうだって……」
「よくないだろ。あれはワシにとって命と同じほどに大事なものだ。なぜ、一緒に送ってくれなかったのだ。このへっぽこ女神は!!」
「へ、へっぽこ!?初夜だっていうのに、いきなりなんてこと言うのよ!!」
ルキナは憤り、ヒースを突き飛ばすと、近くにあったソファーのクッションをその顔めがけて投げつけた。
「何するんだ!?この暴力女!!」
「折角のムードを!台無しにして!この馬鹿亭主が!!」
「ば、馬鹿亭主!?自分のへっぽこを棚に上げて、何をぬかしおるか!!」
ヒースはわざわざベッドまで行って枕を握ると、反撃とばかりに彼女に向かって投げつけた。ただ、こうなると枕投げは止まらない。
「よくもやったわね!」
「それはこっちのセリフだ!」
仲がいいのか悪いのか。二人はこうして疲れて自然に眠るまで、不毛な枕投げを全力で楽しんで初夜を潰した。そして、翌朝目が覚めた時……共に馬鹿なことをしたという自己嫌悪で頭を抱えたのだった。
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