第171話 悪人は、戦後処理に取り掛かる
首都テルシフ郊外の湖に浮かぶこの離宮で、ヒースはバルムーア王国の使節を受け入れた。代表は前宰相であるルドー伯爵で、持参した首桶には国王だったルイ11世の生首が入っていた。
「ここに、我がバルムーア王国は、貴国ロンバルド王国に無条件降伏いたします」
そして、そのルドー伯爵が一歩二歩と進み出て、その首桶をヒースに差し出して、この戦争は終わった。ヒースは直ちに王都の包囲を解くことと、当座の食料を城内に運び込むことを約束した。なお、その食料はアドマイヤー教団に集めさせていたものが原資だ。
ただ、その際ヒースはルドー伯爵に助言をする。「飢えた者には、食事を一気に与えてはならない」と。
「は?」
「さもなければ、人は死ぬらしい。ワシも知らなかったのだがな……」
ヒースは、ローザから聞いていた『鳥取城の餓え殺し』の顛末を元にそのように話した。今回の籠城戦は、その時程ではないようには思われるが、念のためとヒースは告げたのだった。
「さて、戦後処理の話であるが……」
そして、王都の後始末のことはここまでにして、ヒースはもっと大枠で話を始める。すなわち、このバルムーア王国をどうするのかということだ。
「まず、このバルムーア王国は、本日只今をもって、我がロンバルド王国に併合する。王太子シャルル、並びに他の王族たちは、王都リンデンバークに身柄を移し、新たに我が国の貴族として国王陛下に仕えていただくこととする」
異存はあるまいなとヒースが念を押すと、ルドー伯爵は肩を落としつつもそれを受け入れた。
「次に、旧バルムーア王国の諸侯の処遇についてだが、本日より1か月の間にこの離宮に赴き、我が国に忠誠を誓うのであれば、公爵位にある者を除き、これまで通りの爵位と領土を保障することとする」
「公爵位にある者は許されないのですか?」
「いや、そうではない。王太子だったシャルルは今後、公爵になるため、それと並ぶのはまずいだろうから、一段降格させて辺境伯にするという意味だ。同じように我が国に忠誠を誓うのであれば、領土は安堵しよう」
そして、各地に使者を送り、説得する役目をヒースはルドー伯爵に与えた。
「もし、従わなければ、討伐軍を差し向けることになる。我が軍がここに来るまでに何をやったのか。そのことを忘れずに念を押しておいてくれ」
略奪に放火に人攫いに、女子供への暴行。それらの凄惨な体験談は、このテルシフに逃げてきた民からもルドー伯爵は話を聞いていた。
「かしこまりました。必ずや全ての諸侯に忠誠を誓わせて御覧に入れます」
それゆえに、他の選択肢など存在せずに、必ず役目を果たすことを誓うより他はなかった。
「そして、最後に戦争犯罪人の処分についてだ。先程、忠誠を誓うのであれば、爵位と領土は保障すると言ったが、この戦争に対するケジメは付けねばならぬ。それは、そちらとしても必要であろう?」
「はい、おっしゃる通りです」
この戦争の最高責任者だったルイ11世は、こうして首になって責任を取ることになったが、それだけではテルシフの民は納得などしていないのだ。今は、ロンバルドにまず降伏して、兵糧攻めを止めてもらうことを優先するために大人しくはしているが、落ち着けば必ず、取り巻きたちの罪を問う声が上がるのは必定であった。
「我が方で調べがついているのは、宰相であったバランド侯爵とルイに度々政治的な助言を行っていたオリベイラとかいう大学教授、あと他には、バラデュール枢機卿に、国防大臣のグラック将軍辺りが該当すると考えているが……」
概ねそれで間違いはないかとヒースは訊ねる。すると、ルドー伯爵はあと1名追加した。
「ラクルテル侯爵もこの作戦の実行を積極的に王に勧めておりました。どうかお加え下さいませ」
「ラクルテル侯爵?」
聞いたことがない名だなと思い、ヒースがルドー伯爵に確認すると、その者はルキナやハインリッヒの母親だったクレナ王妃が、この国に戻された後に降嫁した貴族だと言った。つまり、ルイ王の義兄に当たるということだ。
「ちなみに聞くが、クレナ王妃はご健在か?」
「残念ながら、5年も昔に亡くなられております」
ルドー伯爵は言う。クレナ王妃は、ユリウス王に離縁されて帰国した後、すぐに先代のアンリ王の命によって、今話題に上がったラクルテル侯爵に嫁ぐことになったが、二人目の子を産んだ後に体調を崩して、そのまま亡くなったと。
「今回の企てに積極的に関わったのは、亡くなられたクレナ様への想いからでして……無念を晴らしたいと」
「そうか……」
それならば、その想いに殉じてやった方が本人のためになるのかもしれない。ヒースはそう考えて、彼の名を戦争犯罪人の列に加えたのだった。
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