幕間 隣国の王は、哀れな最期を迎える

王都テルシフが包囲されてから、すでに1か月半が過ぎようとしていた。すでに、市内にはまともな食料は出回らなくなり、日に一度こうして市内にあるいくつかの広場で、軍が食料の配給を行っている。但し……その量は、2日で乾パン1個と限りなく少ない。


「なあ、バダンテールからの援軍はいつ来るんだよ……」


「フロイスの旦那はどこに行ったんだよ……」


市民たちの中には、時折そのような不可思議な話をする者もいるが、バタンテールから援軍が来るなどという話はどうやら存在しなければ、フロイスという男も騎士団が行方を捜しているが、全く見つかる気配がないという。


複数の市民からの証言を集めたところ、籠城開始から1か月の間、政府が発した食料消費の節約命令を守らなかった理由がどうやらそこにあるということらしいが、今となっては後の祭りだとしか言いようはない。すでに、王都の倉はどこも空に近いのだ。


「おお、兵士諸君。お疲れ様だな」


「あっ!宰相閣下」


「よしてくれよ。宰相はすでに解任されておる。それにしても……どこもかしこも酷い有様だな……」


前宰相であるルドー伯爵は、自分にできることをやろうと、毎日こうして民を励まして回っていた。そのため、何も有効な手を打つことができないでいる政府……いや、戦場から逃げかえってきた国王ルイ11世とは対照的にその人気は日増しに高まっていた。


しかも、彼は罷免されたとはいえ、宮廷内には未だ多くのシンパがいて、情報にも明るかった。そのため、こうして姿を見せると人々が集まり、この先の見えない籠城戦に関する話を知ろうとした。


「あの……和平交渉はどうなったのでしょうか?」


そして、それは前回の話の続きとばかりに訊いてきた……至って平凡な質問だった。だから、ルドー伯爵は他の場所でもしてきたように「芳しくないようだ」と回答し、話を続けた。


「これは、聞いた話ではあるが……ロンバルド軍の司令官は、バルムーア王国の無条件降伏と武装解除を求めているそうだ。当然だが、そのようなことになれば、国王陛下のお命はまずないだろう。ゆえに、政府はこれを拒絶したそうだ」


ここまでは、他の場所でも説明してきた。だから、ルドー伯爵はそれがまさか暴動の引き金になるとはこの時思ってはいなかった。しかし、ここにはたまたま幼い子供を餓死させてしまったばかりの母親がいて……


「それじゃあ!国王が自分の命を惜しんだから、うちの子が死んだというの!?」


彼女がヒステリックに叫んだことによって事態は一変した。その発言は、波紋のようにあたりに伝播し、集まった者たちの感情を刺激した。


「冗談じゃねえぞ!大体、誰が戦争なんか始めろと言ったんだ!よくよく考えれば、王宮で踏ん反り返っているルイの糞野郎が原因じゃないか!!」


「そうだ!アイツの首で許してくれるっていうんだから、早く責任取らせて差し出せばいいじゃないか!!」


誰かが叫んだ。いや……気がつけば、同じような声がこの広場のあちらこちらからも上がっていた。そして、こうなるとルドー伯爵が制止させようとしても、最早かなわない。


「もう我慢ならねぇ!おい、みんな!家に帰って武器を取れ!」


最後はこの一声が止めを刺すようにして、民衆は立ち上がった。彼らはその場にいたルドー伯爵を担ぎ上げて、王宮への行進を始めた。すると、その噂を聞きつけたのか、王都の各地からも人が集まり始めた。


「何人たりとも、王宮に近づけるな!すべて謀反人だ!殺せ!」


もちろん、この状況になっても、ルイ王に忠誠を誓うものは皆無ではない。彼らは彼らで必死になって抵抗を試みるが、ある所では数や勢いに負けて蹴散らされ、またある所では、味方であるはずの部下や同僚の造反により身動きが取れなくなり、情勢は瞬く間に劣勢に追い込まれた。


そして、民衆は王宮内にあっけなくなだれ込み、市民が飢餓で苦しむ中でも優雅に昼食を取っていたルイ王を見つけ出すことに成功したのだった。


「この無礼者!余はこの国の王であるぞ!!」


今の今まで、ステーキを食べていたせいで脂ぎっている口を動かして、ルイ王は部屋に乱入した者たちに罵声を浴びせた。「全員、死刑にするぞ」と脅しながら。だが……


「ふん!俺らがひもじい思いをしているのに、貴様はステーキなんか食いやがって!」


鍛冶師の男がこの場にいる皆の想いを代弁しながら、商売道具であるハンマーを振り上げて、そのまま文句を言ってきたルイ王の横っ面を殴りつけた。


「ぎゃああああああ!!!!!!!!いたい!いたい!」


辺りに歯を飛び散らかせて、豪華な絨毯の上でルイ王はのたうち回る。すると、そこに現れたのは、ルドー伯爵だった。


「国王陛下……」


「ルドー!?……き、貴様は……余を裏切るのか!?」


その信じられないような、恨みがましいような声は、ルドー伯爵の胸に響いた。彼も本心では、殺したいとまでは思っていなかったのだ。


しかし、この状況でそれを言ってしまえば、自身の身も危ういのだ。それゆえに、彼はなおも睨みつけているルイ王から目をそらして、ただ一言「早く首を刎ねて、ロンバルドに降伏しよう」と皆に告げた。


すると、寝返った兵士のひとりがスッと前に出て剣を抜いた。


「よ、よせ、余はこの国の王で……」


自らの運命を悟ったのか、それでもなお思い止まるように言葉を発しようとしたルイ王であったが……残念ながら最後まで言い切ることは叶わずに、剣の刃がその首を切り落とした。


ごろりと転がり、赤の絨毯をより色濃くしながら、その最後の表情は、苦悶に満ちていたのだった……。

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