第172話 悪人は、戦後処理に取り掛かる(後編)

「お待ちください」


戦争犯罪人の列に、ラクルテル侯爵の名を付け足したところで、居並ぶ諸将の中から異を唱える者が現れた。それは、ユンゲルス将軍の副将で、そのまま軍を引き継いだカウニッツ将軍であった。


「将軍、待つようにとはどういうことだ?」


「司令官閣下。ラクルテル侯爵がクレナ王妃と再婚し、子を成したということは、その子らは、ハインリッヒ国王陛下の弟君にあたるのではないでしょうか?」


「ほう……確かにその通りだな。つまり、貴殿は……そのことに免じて、侯爵を助けよというのか?」


「そこまでは申しておりません。生かしておいて、他日の災いになる恐れもありますからな。しかし、今ここで判断を下さなくてもよいのではないかと考えます。よくよく吟味したうえで、決定はそれからでも……」


要するに、カウニッツ将軍は王室が絡む問題である以上、結論はどうあれ慎重にした方が良いと言うのだった。処断するにしても、きちんと言い訳ができるように証拠をそろえるなどして。ヒースはこの進言の正しさを認めた。


「わかった。将軍の申す通りだ。……そういうことで、ルドー伯爵。ラクルテル侯爵については、こちらが調べてから改めて判断を下すこととする。それでよろしいかな?」


「承知いたしました。それでは、残りの者については、速やかに捕えて処断することにいたしましょう」


「そうしてくれ」


ヒースはこれで全ての話を終えたとして、ルドー伯爵の退席を認めた。なお、テルシフへの食糧配布等については、ブレンツ男爵に任せてあった。生まれてくるマリカとの間の我が子のためにも、彼には今回の戦争で目に見えた手柄を挙げてもらう必要があったのだ。


「さて、諸君」


そして、ルドー伯爵がいなくなったところで、ヒースは改めて諸将に告げた。テーマは、凱旋帰国についてだ。


「こうして最高の成果を挙げた以上、諸君らも早く帰国したいとは思う。ワシもそうだ。早く帰れるものなら帰りたい」


その言葉に一同の間から、少し笑い声が上がる。もちろん、ヒースは咎めたりはしない。


「ただ……全軍の撤退は、先程ルドー伯爵に命じた『この国の貴族の恭順』を見届けてからでなければ、折角立てた手柄も、王都に戻る頃には霧散しかねない。無論、交代の兵の派兵は、政府に要請はしているが……」


ここから王都リンデンバークまでは、かなりの距離があるのだ。きっと、すぐには来ないことは誰が考えてもわかる話だ。


「だから、もう少しの辛抱だと思って、我慢してもらいたい。くれぐれも軽挙にテルシフに押し入り、乱暴狼藉はしないよう兵たちに徹底してくれ」


バルムーア政府を降伏させて、戦争に一応は勝利したが、この国の諸侯が仮に誰か一人の下にまとまり、抵抗する意志を示したならば、果たしてこの2万の軍勢で勝てるかどうかは怪しい所だ。


それゆえに、折角手に入れた最高の結果を失わないためには、ここからは反感を買わないことが成否の肝となるとヒースは考えていた。


「しかし、司令官閣下。兵たちは疲れております。何か楽しみを与えなければ、我らが言っても従わない者も出るやもしれませぬ」


そう声を上げたのは、友人であるアレクシスの兄であるケッセルリンク伯爵だった。例えは悪いが、何かニンジンでもぶら下げなければならないのではと。


すると、ヒースはパンパンと手を叩いた。


「「「えっ!?」」」


複数の驚く声が上がった先に現れたのは、最早、ロンバルド国内には知らない者はいないと言われる人気アイドルグループ、『スターナイト・シスターズ』の面々だった。


「みなさん、はじめまして。初の外国公演ですが、どうかみなさんよろしくおねがいしますね」


誰もが憧れるエース、ディアナにそう挨拶されて、鼻の下を伸ばさない者はいない。そして、ヒースは告げる。彼女たちには1か月の間、各部隊の陣地を回って歌ってもらうことにすると。


「どうだ。これなら、文句はあるまい?」


もちろん、お触りをはじめとする『いかがわしい事』は禁止であるが、握手やサイン、記念撮影位ならOKであるとヒースは言った。当然、諸将からは文句の声など上がるはずもなかった。

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