幕間 王国の偉い人たちは、悪人に会いたい
「陛下。こちらにおられましたか」
「おお、ローエンシュタイン公爵か。どうしたのかの?」
バラの手入れをしながら、国王ユリウス8世は宰相に訊ねた。但し、作業を中断することもなければ、顔も向けずに。だが、それはいつものことであり、ローエンシュタイン公爵クロードは淡々と要件を話す。
すなわち、初等学院の地下室封鎖を巡る騒動の顛末についてを——。
「首謀者たるハーマンとその父親たるシェーネベック子爵は共に死罪。改易に処しました」
「ほう……思い切ったの。我が倅の罪をかぶってもらうのだから、温情を与えるかと思ったが……」
「中途半端はいけませんからな。親を残しておいては、他日、本当に内通でもされかねませぬし……」
だからやるからには徹底する。クロードはいつもそうだなとユリウスは感心しながら、枝に挟みを入れる。チョキン、チョキンという心地よい感覚が指に伝わるとともに、そのバラの花は地面に向かって落ちて転がった。その数は二つ……。
「それで……他の者ですが……」
クロードは説明を続ける。ホルメス伯爵は宮内大臣を辞任して、さらに家督を次男に譲り、アグネス女史は解雇して、夫共々王都から追放したと。
「ホルメスの家督は、なぜ次男に継がせるのだ?」
「それはホルメス伯爵が……事が成った暁に、ルキナ王女殿下を長男の妻にと欲しておりましたがゆえ……」
そういう事情を踏まえて、長男が今回の陰謀に全く無関係だったと断定することができず、政府としては次男への継承を勧めたと。そして、伯爵も家を守るためにこれ以上の詮議を避けたいという思惑があり、これを受け入れた……。
「皆には済まぬことをしてしまったのう。全てはうちの愚息が原因だというのに……」
ユリウスはため息を吐き、悲しそうに言うが……所詮は他人事のようにクロードの耳には聞こえた。だが、それは今更であり、触れることではない。
「それにしても、ルクセンドルフ伯爵だったかな?ルキナの婚約者の……。ヤツには借りができたな。しかも、とびっきりの……」
またバラの枝に挟みを入れて、今度は一転楽しそうに話すユリウス。何しろ、ヒースがいなければ、泣く泣くハインリッヒを廃嫡せざるを得なかったのだ。それが回避できたというのだから、嬉しくないわけがない。
そして、それに報いるには何が良いかと訊ねる。
「此度、改易となったシェーネベック子爵領を与えてはいかがでしょうか。いずれ、アルデンホフ公爵を継ぐのであれば、陞爵はあまり意味を持ちませぬし、幸いにしてルクセンドルフ領と隣接しておりますし……」
「なるほどのう。どさくさに紛れて、ため池が決壊してどうしようもなくなった不毛な荷物を押し付けるわけだな?余が何も知らぬと思うて、ようも言えたのう」
ユリウスの手がピタリと止まり、発せられた言葉にクロードはギクリと冷や汗を流した。どうして知っているのかという疑念がわいてくるが……それどころではない。早く誤魔化さねばと思い、口を開こうとした。だが……
「まあ、確かにその褒美なら、お主も含めて妬まれることはないか。上手く行かねば、そのことを責めてルキナを正妻にするように迫ることも可能かもしれぬしな」
ゆえに、ユリウスはクロードの提案を了承した。「かわいい子には苦労をさせよというしな」と小さく笑いながら。そして、クロードに向き合って告げた。
「一度、そのルクセンドルフ伯爵に会ってみたいものだ。卿にそのセッティングを任せたいと思うが、構わないかな?」
「お任せください。某もいささか会ってみたいと思っていたもので……」
何しろ、孫娘のクラウディアが「意外にいい人だったわ」と楽しそうに言っていたのだ。しかも、娘の話によれば、伯爵から貰ったという本を毎日片時も離さずに、頬を染めながら読んでいるという。そうなれば、どういう関係なのかと是非聞きたいと思うわけで……
(もし、悪い虫なら……)
真偽を正して、場合によっては排除する。毒牙にかかって「わたし第3夫人になるわ」などと言い出すような事態にでもなれば、クロードの政略は根底から覆ってしまうのだ。その気配があるのなら、何としても引き離さなければならないと。
だが、クロードがそんなことに激しく頭を回しているとは、ユリウスは気づかない。
「それでは、よろしく頼むぞ」
これで話は済んだと言うようにそれだけ告げると、クロードに背を向けてユリウスはバラの手入れを再開した。そして、クロードも「御意」とだけ答えて、考え事を打ち切り、王の御前を退出したのだった。
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