幕間 取巻き共は、主が眠っている間に……

王太子ハインリッヒが急な病を得て昏倒した——。


ヒースによって強制的にハインリッヒが眠らされてから2日後、王立初等学院に派遣されていた宮内省の職員らに守られて、その身体は王宮の居室に移された。そして、部屋の扉には『面会謝絶』の札が国王の命で貼られている。


「一体、何が起こったというのですか!!」


ゆえに、ハインリッヒの取り巻きの一人であるアグネス女史が、大臣室に入るなり宮内大臣たるホルメス伯爵に詰め寄ったのは無理からぬことであった。ただ……大臣自身も本当のことは知らされていない。


「急な病を得て倒れたとしか……」


この一件は、宰相であるローエンシュタイン公爵の指示によって、宮内省内では緘口令が敷かれていた。学院から戻ってきた職員たちも、大臣であるホルメス伯爵に報告する間も与えられず、どこかに連れていかれたまま戻ってきてもいない。


「ねえ、ハーマン。何か聞いていないの?だって、おかしいじゃない。殿下はつい3日前まで健康で、風邪なんかもひかれていなかったのよ。それなのに、急に倒れて意識不明になるなんて……そんなこと考えられる?」


「……こちらとしても、何も耳に入ってこないから何とも……。ただ、いつもなら探りを入れなくても何かしら入ってくる情報すらも今朝から一切入ってこなくなったことを軽視しなければ……これは人為的なことと考えてよろしいかと」


ゆえに、これから何か自分たちの身によからぬことが起こるのではないかと考えて、ここは一刻も早く逃げるべきではないかとハーマンは警告した。ここにいるメンバーは、今回の企てに深くかかわったのだからと。


だが、時は既に遅かった。


「全員動くな!両手を挙げて膝をつけ!」


そう声を張り上げたのは、国王直属の秘密警察官。配下の兵士たちと共に部屋に入って来るなり、室内にいた3名に警告を発した。わずかでも抵抗する意志を見せれば、国家反逆罪で即座に処刑すると。


「ちょ、ちょっと……いきなりやってきて何なんですか?」


ホルメス伯爵は、指示に従って両手を挙げて膝をつきながらも、せめて理由を説明してくれと警察官に言った。すると、彼は懐から1枚の令状を取り出して、その内容を読み上げた。


つまり、ハーマンが隣国バルムーアに内通して、王国を混乱させようと王太子を洗脳して此度の一連の騒動を起こしたということを。さらに言うと、その陰謀にアグネス女史も大臣も加担していると……。


「馬鹿な……何を言っているのかわからないぞ。バルムーアに通じている?俺が殿下を洗脳した?貴様は何を根拠にそのようなことを……」


「根拠となる証拠の品々は、すでに貴様の部屋で押収済みだ。見返りは、ルクセンドルフを含む王国東部一帯の統治権と辺境伯の地位だそうだな?バルムーアのルイ王からの手紙にそう書いてあったぞ」


警察官は「これがその1通だ」と言って、ハーマンに手渡した。そこには確かにルイ王の署名入りで、詳細な計画内容が記されていた。そのあて先は『ハーマン殿へ』と記されていた。


「いや、流石におかしいだろ!?大体、どうやってうちのような小さな貴族がバルムーアの国王と手紙のやり取りができると思うんだ?」


「それは、そこにおられるホルメス伯爵の協力を得れば可能ですよね?何しろ、伯爵の妹殿は、あちらの国の侯爵家に嫁がれてるわけですし……」


要はホルメスが協力すれば、バルムーア側に居る義弟とコンタクトができるのだ。しかも、その義弟とやらは、国王の側近に取り立てられているとか。全くおかしな話ではないだろうと。さらには、これらの絵図を描いたのはアグネス女史だと警察官は宣告した。ゆえに、全員逮捕すると。


「ま、待て!待て待て待て!!!!なんでワシがそんなことをするというんだ!?そんなことをして何か利益があると……」


「調べたところ、あなたはご子息の妻にルキナ殿下を迎えたいと所望されていたとか?バルムーアへの内通は知らなかったとしても、この企てに協力してルクセンドルフ伯爵を始末したかったのですよね?このことは既に、ご子息が自白なさっておりますぞ」


「な……」


それらのことは、全く事実無根というわけではなかった。息子が白状したと知り、ホルメスは項垂れた。こうなっては逃げれないと。そして、同じ理由でアグネス女史も……。今回の企ての絵図を描いて、ハインリッヒに進言したのは間違いなく彼女だったからだ。


だが、その一方でハーマンはまだ認めない。


「そもそも、俺に【洗脳】スキルなどはない!それは、殿下のスキルで……。調べてくれ!調べてくれたらきっとわかるから!!」


それが判れば、きっと全ての疑いが晴れるはずだと、必死になって警察官にすがる。しかし、それは無駄な抵抗というものだった。


「王太子殿下は、きさまが発動させた【洗脳】スキルの負荷に耐えられなくなって、眠りにつかれたのだ。そう……全てはおまえの仕業でな」


だから、王太子ハインリッヒはあくまで被害者であり、裁かれるのはここにいる3名だと冷たく警察官は言った。そして、これが王国の総意であると。

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