第196話 悪人は、浮気がバレて空気と化す(後編)

「それじゃ、改めて紹介するけど……こちらは魔王リリスさん。今度、松永久秀さんの奥さんになられたそうよ」


「えぇ…と、そのぉ……松永久秀の継室となりましたリリスと言います。どうぞ、よろしく……」


リリスはそう言いながらも、再び床に正座をさせられているヒースを見て、顔をひきつらせていた。


人間の小娘が相手だからと、正室が激怒していると彼から聞いても、当初は侮っていたのだが、先程の夫婦喧嘩にもならない一方的な虐殺劇ともいえるシーンを見ては、考えを改めざるを得ないといった所で、ルキナに対しても下手に出ていた。


だが、ルキナにとってはそれどころではなかった。エリザに対する恐怖が吹き飛ぶほどに、「松永久秀」という名を聞いて目を丸くして驚いていた。


「ねえ、なんでヒースの前世の名を?」


「ああ、それは、平蜘蛛のアカネちゃんから聞きましたわ。何でも、超有名な極悪人だったとか?息を吐くように謀反を起すから、味方しようとしたらその陣営から全力で断れるほどの……」


「……それは、蜘蛛娘が大袈裟に言っているだけだと思うけど……謀反の常習犯というのは間違っていないわ」


ルキナは、リリスの持つ知識を一部だけ訂正して、松永久秀が極悪人であったことは否定しなかった。


「それで、あなたがヒースの新しい愛人だっていうことはわかったけど、どうして前世の存在を今更持ち出して、しかもその継室を名乗るのかしら?意味わかんないんだけど?」


「それは、わたしが魔王であるからよ。わたしとしては、あなた方のルールに則り、第四夫人となっても別に構わないのだけど……そうなると、ヒースが困るわよね?本名名乗って、魔王の配偶者になんてなったら、人族最大の裏切り者になるでしょ?」


言われてみれば、確かにそのとおりであることにルキナも気がついた。……と、同時にエリザもため息を吐く。自分たちはそのときリリスの元に逃れればいいかもしれないが、残された家臣領民はそうはいかないだろうと、懸念を付け足して。


「だからね、もうしょうがないでしょ。このリリスをその松永久秀さんの奥さんとするしか……。もちろん、だからといってマウントは取らさないけどね?」


その辺はわかっているわよね、とエリザは念を押すように告げると、リリスはあくまでも実際には第四夫人としての立場を弁えると返答した。


「それで……そうなると、決めなければならないことがあるの。ルキナさん、それは何だかわかりますか?」


「え、えぇ…と、ヒースの宿泊日のこと…かしら?」


「正解ね。だったら話は早いわ。今、わたしが月・水・金、あなたが火・木・土、クラウディアが日だったわよね?」


「ええ、そうだったわね」


ルキナはそう答えながらも、嫌な予感がしてならなかった。すると、やはりというか、エリザはルキナの当番日である火曜日をリリスに差し出すように命じた。


「えっ!?なんで!」


「なんで?決まっているでしょ。あなたの監視が緩かったせいで、こんなことになったんだから責任を取ってもらわないと。それに……あなた、妊娠したそうね?」


その言葉に、「まだ誰にも言っていないのに何で知っているんだ」とルキナは驚くが、エリザの方は「それならもうヒースの当番日はいらないわよね」と話を続けて、いっそのこと木曜日も召し上げようかとも提案して……。


「ちょっと待ってよ!妊娠したって、ヒースと色々やらなければならないことはあるのよ。名前を決めたり……」


「あら?おかしなことをいうものね。名前は確か……国王陛下に決めてもらうのではなかったのかしら?大変名誉な話だという『あなたの言葉』に賛同するのだけど」


「う……!」


かつてエリザに言い放った自らの言葉がブーメランのように戻ってきて、ルキナは言葉を詰まらせた。


(どうしよう……このままじゃ、本当に週1回しか会えなくなる……)


そして、その想いが心を支配して、焦りを生む。何とかしなければと考えて、視野も次第に狭くなる。


すると、エリザはそこで「冗談よ」といって笑った。


「妊娠中でも、ヒースと会う必要があることは、このわたしがすでに体験済みだから、そこまでは言わないわ。でも……すでに妊娠したのだから、1日位は譲ってくれるわよね?」


「は、はい……それくらいなら……」


「それじゃ、決まり。話はまとまったし、あちらでケーキでも食べましょ♪」


ヒースの妻として迎える以上、親睦を深めるべきだと主張して、エリザはそのように提案した。そして、「ついでにカリンも呼ぶわね」といいながら、ルキナとリリスを率いて、この部屋から去って行く。


「おい……ワシを置いていくな。今回の正座はいつまでやれば許してくれるのだ?」


……またしても以前と同じように、哀れなヒースを放置したままで。

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