第122話 悪人は、実家を制圧する

オットーとベアトリスが王都に向かって出立してから5日が経ったその日、まだ夜も明けていないというのに、リートミュラー侯爵領の領都リートの城門はなぜか突然開き始めた。


「お、おい……どういうことだ?なぜ門が開こうとしている」


「わかんねえよ!でも、黙って見過ごすわけにはいかないだろ!」


城壁の上で巡回に当たっていた兵士のひとりは、ギギギという門が開く音と、それに続く馬蹄の音に気がついて、近くにいた他の兵士たちと共にすぐさま階段を駆け下りて、謎の侵入者の入城を阻止しようとした。


「止まれ!ただいまの時間は、城内への入城は禁止されておる!大人しく引き…か……」


だが、最後まで言うことはできなかった。どこからともなく飛んできた風魔法によって、その首は宙を舞い、絶命したのだ。


「閣下。こんなところで足を止めている場合ではありませんよ。早く、領主館を制圧しないと」


「エーリッヒ……」


「ほら、早く行ってくださいよ。見てのとおり、ここは俺一人で十分なんですから」


エーリッヒは風魔法で宙を浮きながら、迫りくる兵士たちの首を容赦なく次々と刈り取っては、ヒースに先へ進むように促した。


「……流石は弟君ですね。容赦ないというか……」


「そういうところは似んでも良かったのだがな……」


風魔法で空から城内に忍び込み、こっそり城門を開けてもらえればそれで十分だったのだが、その圧倒的な力でヒャッハーしている姿を目の当たりにして、アーベルもヒースも共にため息をついた。


だが、ここは任せても問題ないということは理解して、作戦を継続することにした。


「皆の者!軍旗を掲げろ!めざすは、領主館。謀反人アドリアン・ベッカーを捕えるのだ!」


そして、全軍に号令して、一路領主館を目指して進軍を再開した。その数は百名余。ヒースが直に目利きをして集めた精鋭ではあるが、侯爵家の領軍が体勢を整えて、制圧に乗り出すようなことになれば、最終的には数の暴力に負けるかもしれないのだ。


ゆえに、これは時間との勝負。夜が明けないうちにベッカーを取り押さえて、侯爵家の権力を掌握しなければならなかった。


「テオは屋敷の周りを固めよ。もし、逃げ出す者がおれば、一人残さず拘束しろ」


「はっ!承知しました」


「ライナハルトは、ワシらと共に屋敷の中へ。但し、乱暴狼藉の類は許さぬ。連れてくる兵士たちにそう伝えよ」


「畏まりました」


一気にリートの町を駆け抜けて、領主館の門扉を破壊して内側に突入したヒースは、アーベルの立てたプランに従い指令を下すと、玄関のドアを爆破して屋敷の中へと踏み込んだ。そして、抵抗する兵士たちを排除しながら、まずは父オットーの執務室へ入る。


「確か……父上は、ここに置いていたはずだ」


そう言いながら引き出しを一つ一つ漁っていると、3つ目で目的の『印章』を見つけた。これは、襲封の際に国王ユリウス8世より下賜された、すなわち、このリートミュラー侯爵家当主の証だ。


「それでは早速……」


ヒースはそこにあったレター紙に『世子、ヒース・フォン・ルクセンドルフに侯爵家当主の代行を命ずる』と記して、先程見つけた印章にインクを付けて押印した。これで、オットーが帰って来るまでの間、ヒースがこの侯爵領を差配する根拠が生まれた。


「あとは、ベッカーの身柄を押さえるだけですね」


「そうだな、アーベル。最早どこにも逃げることはできない哀れな謀反人を捕まえに行こうか」


ベッカーがいる場所は凡そ予測はついている。ヒースはアーベルらを伴い、迷うことなくトーマスの部屋に入ると、やはりベッカーの姿はそこにあった。但し、トーマスに守られる形で。


「トーマスよ。そこを退いてくれ。そやつは……」


「黙れ!謀反人!ここをどこだとおもっておるか!」


両手を広げて、ヒースたちを通さないように立ち塞がっているトーマスは、震えながらも傅役を護ろうとしていた。その姿には、流石にヒースも心を打たれるが……


「へにゃ?」


「ト、トーマス様!?」


次の瞬間、ヒースの睡眠魔法によって強制的に眠らされて、その場に崩れ落ちた。こうなっては、ヒースとの間に阻むものは何もないわけで、ベッカーは仕方なく眠っているトーマスを人質に取ろうと手を伸ばそうとした。


「ベッカーよ。全てが露見したぞ。最早これまでと観念しろ!」


だが、それよりも早く、首元には剣先が突きつけられて、最後のあがきはこうして断念させられたのだった。

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