第123話 悪人は、謀反人を倍返しで成敗する(前編)

ベッカーを捕えたのち、ヒースの動きは迅速だった。


領主代行として、騎士団本部に乗り込むと、トーマス擁立に積極的だった騎士団長を反逆罪で拘束。副団長を昇格させることで恩を売り、味方につけた。そして、その武力を背景に、侯爵家に仕える全ての家臣に対して招集命令を発令した。


「本日午前9時までに領主館に集まるように」


夜が明けたばかりという早い時間帯に騎士が一軒一軒届けた命令書は、簡潔であるが末尾に侯爵の印がしっかりと押されていた。城門の方で煙が上がっていることもあり、多くの者が異変を察知したが、無視するわけにはいかず、身なりを整えて遅れないように館に向かう。しかし……


「おい……あれって、ルクセンドルフ伯爵家の旗だよな?」


グリフォンを基調とした伯爵家の紋章。それがあしらわれた軍旗が領主館にはためいているのを見上げて、多くの者が困惑の声を上げた。


「なあ……ルクセンドルフ伯爵家って、世子様が継承された家門だよな?」


「ああ……確かにそうだったと思うぞ……」


「それなのに、これは一体どういうことなんだ?」


「どういうことって……やっぱり謀反じゃないのか?」


「「「謀反!?」」」


当主であるオットーは、王都に呼ばれて留守にしているのだ。それなのに突然発令された召集の命令書に加えて、目の前にあるルクセンドルフ伯爵家の旗。誰が言ったのかはわからないが、そう判断するだけの根拠はそろっていた。


だが、この期に及んではどうすることもできないことも同時に理解する。いや、理解できない者も一部いて、身の危険を感じて城外への脱出を試みた者もいないわけではなかったが、そのいずれもやがてエーリッヒによって討ち取られて、首となって結局領主館へ連れてこられた。


「皆の者、大儀である!」


こうして迎えた午前9時。ヒースは館の玄関前広場に集めた侯爵家の家臣たちの前に立つや開口一番そう言い放った。その威厳に満ちた姿は、彼が15歳の少年であることを多くの者が一瞬忘れそうになるほど、インパクトが強いものであったが……そんな中、一人の老臣が一歩前に出て、「これは一体どういうことなのか」と説明を求めた。


彼の名は、ジェームス・ブラウン。今は息子に家督を譲って隠居生活を送っているが、ヒースの祖父であるフリードリヒが重用したかつての家宰であった。


「ヒース様。わたしも昨今の侯爵家の事情は承知しておりますが……これは些かやり過ぎではありませぬか?」


この広場から少し目を外に向ければ、館を制圧する際に抵抗して斬られた兵士や使用人たちの骸が並べられていた。


(いくら家督が欲しいとはいえ……)


話し合いではなく、力を持って現状を変更しようとするこの行為は、まさしくクーデターだ。ゆえに、ジェームスは臆することなくヒースの非を鳴らした。先代から託されたこの侯爵家の未来を護るために。


しかし、ヒースの心には響かない。


「やりすぎ?ワシは謀反人を討伐しに来ただけだが?」


ヒースは老臣の問いに対して、あくまで自身の正統性を主張し、兵士に命じてこの場にベッカーを連れて来させた。そして、この者が自分の暗殺を企てたことを告げた。


「あいにく、こやつ程度の小者に殺されるワシではないが……落とし前は必要だと思わぬか?ジェームスよ」


不敵に笑いながら、ヒースはジェームスの出方を見極めようとした。排除するか、それとも懐柔するべきか。侯爵家を手に入れるのは時期早々ではあるが、彼の影響力を考えれば、放置するのは危険だと考えていた。だが……そんな空気を読めずに騒ぐ愚か者がいた。


「嘘だ!でっちあげだ!俺は、暗殺何て企んでいない。全部ヒース様の言いがかりだ!ジェームス殿、助けてくれ!」


何しろ、証拠を残すようなヘマはしていないのだ。調べてくれれば、嫌疑は晴れるだろうとベッカーは疑っていなかった。しかし、そんな彼の目の前でヒースは1通の書状を開いた。


「ベッカーよ。この書状によると、ワシを殺した後、父上と母上……さらにトーマスまでも手にかけるつもりだったようだな」


「え……?」


一体何を言われたのか。全く身に覚えのない話を耳にして、ベッカーは困惑した。だが、ヒースは続ける。差出人はバルムーアのルイ王で、『成功のあかつきには、約束通りにこの侯爵領を与える』と記されていると……。


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