第124話 悪人は、謀反人を倍返しで成敗する(後編)

「ま……待ってくれ!俺が侯爵ご夫妻、さらにトーマス様を手にかけるだと!?しかもバルムーアって……何を言っているんだ。そんなことがあるはずが……」


ヒースが言っていること。それは本当に身に覚えのないことだった。それゆえに、ベッカーはヒースの言葉を全力で否定して、何も言わずに見つめるジェームスに助けを求めた。しかし……


「それが誠であれば、確かに由々しき事態ですな」


ベッカーの声を無視して、ジェームスはあくまで中立的な立ち位置を崩そうとはしなかった。その上で、まずはと、ヒースからその書状を受取り、中身を確認した。


「確かに……この末尾の印は、バルムーア王家の紋章ですな。これがあるということは……」


読み終えた書状を丁寧にたたみながら、ジェームスはため息を吐いた。つまり、ベッカーは自身の栄達のために、主家を踏み台にしようとしたのだ。当然だが……許されるわけがない。


「……ヒース様。それで、この愚か者はいかように?」


「決まっておろう。死刑の一択だ」


しかも、売国奴に相応しく死刑の中でも最高ランクに当たる『八つ裂き』にするという。ベッカーの口から悲鳴が上がった。


「待ってくれ!本当に!本当にバルムーアのことは知らないんだ!もう一度、その手紙をよく調べてくれ!でっちあげだ!」


恐怖を感じたベッカーは必死になって、侯爵夫妻やトーマスの暗殺計画は否定した。ましてや自分がバルムーアに通じて取って代わろうなどという、馬鹿げたことは考えていないと。だが……それは墓穴を自ら掘る行為とも言えた。


「それはつまりだ。ヒース様を暗殺しようとしたことについては、否定しないのだな?」


「え……?」


「今、バルムーアのことは知らないと言っただろう?……となれば、それ以外のことは身に覚えがあるということだ。そうなると……残るはヒース様の暗殺未遂事件についてだが、関与しているのだな?」


「そ、それは……その……」


目を細めて問い質したジェームスの言葉に、ベッカーは自身の迂闊さを悟った。しかし、そちらの疑惑は身に覚えがあるがゆえに、上手く取り繕おうとするあまり、中々思うような言葉が出ない。弁明がままならないまま、時間だけが過ぎていき彼の罪を確定させていく。


そして、ついにタイムアウトを迎えたかのように、ジェームスはまたひとつため息を吐くと、ヒースに頭を下げた。


「ヒース様。バルムーアのことは兎も角として、この者が謀反をたくらんだということはどうやら事実のようですな。侯爵家の家臣を代表して、このワシからもお詫び申し上げます」


「ほう……」


かつては家宰を務めていたこの侯爵家の重鎮。だが、今は実権のないただの隠居である。そのジェームスが「侯爵家の家臣を代表して」と発言して謝罪したのだ。その魂胆は、『家宰への復権』ということだろう。それを理解したがゆえにヒースは思案した。


すなわち、この男を家宰に就けたとして、自分に何のメリットがあるのかと。


「ジェームスよ」


「はい」


「改めて問うが、リートミュラー侯爵家として、この落とし前はどのように着ければよいと考えるか?」


それは、彼に対するテストだ。事の善悪ではなく、どれだけヒースの意向に沿う判断ができるかを見極めるのが目的である。


「まず、今回の謀反に関わった者たちを根こそぎ潰す必要があります。ベッカーはヒース様の申されるように『八つ裂き』一択ですが……他にも多くの者が関わっていることでしょう」


ジェームスはそう言って、「これを」とヒースに1枚の折りたたんだ紙を手渡してきた。中を広げると、そこには見覚えのある名前が20から30人程度書き記されていた。


「これは?」


「此度の陰謀に加わった可能性のある者たちです。ヒース様のお許しを頂ければ、早速捕えて、真偽をハッキリとさせようかと考えております」


「真偽を……か」


紙に書かれている名は、いずれもトーマスを次期侯爵に望んでいる面々だった。ただ、その全てがベッカーと仲がいいわけではない。トーマスの擁立では一致しているものの、ベッカーとは仲の悪い連中もいるのだが……そのリストにはなぜか名を連ねていた。


(つまり、この機会にトーマス擁立派を全て一掃すると言っておるのだな?)


そのことを理解して、ヒースはにやりと笑みを浮かべた。そして、懐から折りたたんでいた紙を取り出し、それを広げては何やら走り書きをすると、そのままジェームスにそれを手渡した。


『ジェームス・ブラウン。貴殿をリートミュラー侯爵家の家宰代理に任命する』


末尾には予め押されていた侯爵の印があり、それは正式な任命書であった。


「父上が帰ってきても、おいそれと無効にはできない程の実績を示せ。わかったな」


「はっ」


この時点においては、ヒースはあくまで領主の代理。父であるオットーが帰ってきたら、この書面は高い確率で紙切れと化すはずだった。


だが、ヒースの言うように、誰もが否定することができない実績を残せば、侯爵が口を出せない程に家中を掌握することができれば、話は違ってくるはずだ。


その意味をジェームスは正しく理解して、胸に秘めたる野心の炎を燃やした。そして、その手始めとして、目の前で絶望の中で青ざめている愚か者の始末に、着手するのだった。

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