第125話 悪人は、弟に謀反人と罵られる

ここは領主館の大広間。


本来であれば、侯爵であるオットーしか座ることが許されない上座上段の椅子にヒースは座り、中央の通路を挟んでエーリッヒやアーベル、テオらルクセンドルフ伯爵家の家臣とジェームスらリートミュラー侯爵家の家臣が向かい合うように並んでいた。


そして、両脇を兵士に固められたトーマスは、まるで罪人のように跪かされて、ヒースに対峙していた。兄弟だとはいえ、トーマスは謀反人ベッカーを匿ったのだ。ジェームスが言うには、お咎めなしとはいかないらしい。


ただ、これは今後トーマスが変な気を起さないようにするための必要なケジメだとヒースは理解していた。


「よう、トーマスよ。よく眠れたか?」


ゆえに、こうして気安く緊張をほぐそうと言葉を優しく掛けて見せるが……トーマスには伝わらなかったようだった。悔しそうな表情を隠すことなく、開口一番トーマスはヒースに言い放った。「この謀反人め!」と。


「謀反人……?」


その言葉は前世から聞き慣れているので、特段それで傷つくと言ったことはないが、ヒースは違和感を覚えた。なぜなら、今回に限っては自分の方が謀反を起されたと認識していたからだ。


「なあ……トーマスよ。幼いおまえには難しいかもしれないが、謀反を起したのはベッカーであり、その取巻きたちだ。何しろ、ワシの命を狙ったのだからな」


侯爵家に仕える臣下が世子の命を狙ったのだ。この場にいる誰もがヒースの言っていることに異を唱えなかった。いや……幼いトーマスだけは違った。彼は納得できないらしい。


「なんでおまえを殺そうとしたことが謀反になるのだ!」


全く淀みなく、トーマスはそう言い切り、挙句の果てには自分がベッカーに命じたと言い出した。


「この侯爵家の世子として、これ以上おまえの好き勝手にさせてたまるか!この奸賊!」


力強く言い放って清々しい表情をするトーマスと引換えに、この場にいる全ての者が困惑した表情で彼を見つめた。それはヒースも例外ではない。一体、弟は何を言っているのかと首をかしげた。


「……トーマス様。あなたは世子ではありませんぞ。世子は、目の前におわします兄君でしょう?」


「そうだぞ。閣下が長兄で俺が二番目だ。そんでもって、おまえは三番目だぞ」


「え……?」


ジェームスとエーリッヒにその考えをバッサリと否定されて、今度はトーマスの方が驚いたような表情を浮かべて声を零した。だが、それでも次の瞬間には「それはおかしい」と声を上げた。


「おまえは、エリザ姉さまの婿なのだろう?兄妹では結婚できないんじゃ……」


(うん。確かに兄妹では結婚できない。少なくともこの国では……)


思わず吹き出しそうになるヒースであったが、ようやくトーマスの発言の中にある違和感の正体に気づき、まずはその間違いを正すことにした。


「トーマスよ。残念なことをひとつ教えてやろう。エリザはおまえの姉ではない」


「うそだ!デタラメを言うな!」


「デタラメなど言ってはおらんぞ。エリザは、ロシェル侯爵家の令嬢で、ワシに嫁ぐために母上の下で花嫁修業をしていただけだ。そうだよな?ジェームス」


「おっしゃる通りでございますな。ヒース様こそが、このリートミュラー侯爵家の長子にして、世子様であらせられます」


ジェームスは、笑いを堪えながら話すヒースとは対照的に、冷静にかつ事務的にトーマスにそう告げた。


「で、でも……それならなぜルクセンドルフ姓を名乗って……?」


「ルクセンドルフは、母上の実家だ。父上がこの侯爵家を継承した際に、世子の証として継承したに過ぎん。まあ、つまりだ。いまだにリートミュラー姓を名乗るおまえは、世子でも何でもないただの部屋住みだ」


「へ、部屋住み……」


その言葉の意味は、トーマスも何となくは理解していた。ついひと月かふた月前まで、屋敷の敷地内にあったあばら家にいた妾の子とやらがそういう身分に位置しているとカルロスから聞いていたのだ。


(あいつらと……同じ?)


それは、トーマスの矜持を著しく傷つけた。

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