第112話 悪人は、戦後の構想を話す

戦闘は一方的に進み、わずか1時間余りで終結した。ヴォルフェン子爵軍は、大将たる騎士団長のマルプルク以下、司令部が毒魔法で全員殺された時点を持って、ブレンツ男爵軍に降伏。知っていることを洗いざらい喋ることを条件に、ヒースの魔の手から保護されることとなった。


そして……その取り調べの過程で明らかになったのが、ヴォルフェン子爵がたくらんだ『ヒースの暗殺未遂事件』の顛末だ。


「なるほどな。確かに母上が死に、ワシも死ねば、伯爵家は混乱していたであろうな。トーマスは幼いし、リートミュラー侯爵家との関係もある。そうなれば、ヴォルフェン子爵にも芽は出てくるな」


継承順位を考えれば、トーマスの次はヴォルフェン子爵ということになるのだ。欲が出たとしてもおかしくはない。ただ……相手が悪かった。悪魔の息子はやはり悪魔なのだ。


「男爵。すぐに動ける兵は如何ほどか?」


「およそ500といったところですな。無理をすれば、あと200は行けるかもしれませんが……」


それらの兵はケガをしており、なるべくならば、領都に引き上げさせて治療を受けさせたいとブレンツ男爵は言った。それは、至極妥当な判断であり、ヒースもこれを良しとした。そのうえで……


「降伏させた捕虜の数は千程いると言ったな?」


「はい。無傷な者は少ないですが、数自体はそれくらいいますな」


「歩けるのなら、そいつらを使いたいと思う。準備は頼めるか?」


ヒースはそう言って計画を説明する。すなわち、先頭に立たせて歩かせながら、子爵がやったことを喧伝させようというのだ。本家当主の暗殺を企ててすでに事が露見していること、山賊狩りに協力しようとして隣接する男爵領に侵攻して惨敗を喫したことを……。


「どちらも、宰相閣下の耳に入れば、子爵家は改易だからな。ワシらが着く前に領都の方で子爵の首を桶に入れて用意してくれるだろう」


そうなれば、無益な戦闘は発生することなく、ヴォルフェン子爵領を制圧できるとヒースは断言した。ゆえに、500の兵でも事は足りると。


「しかし、全てが終わった後、子爵家はどうなさるのですか?」


仮にヴォルフェン子爵の首桶を差し出されたとする。今回のことを王都に知らせて子爵家に処罰を下してもらうのか、それとも内々に済ませて新当主を従属させるのか。そのどちらを取るのかとヒースに訊ねるブレンツ男爵。


「あそこには、娘がいたはずだ。歳は確か10歳だったはずだ」


ヒースは言う。その娘に弟を婿入りさせて、子爵家を継承させようと。それを条件に、今回のことは内々で処理をする……。


「無論、それでは男爵は納得されぬでしょうな。今回の一件で、かなりの損害が出たようですし……」


「そうですな……。助けてもらってなんですが、おそらくそれでは家臣は納得しないでしょう。そこで……」


ブレンツ男爵はヒースに囁いた。娘を側室にしてもらいたいと。


「い、いや……それは……」


「側室が無理なら、一夜限りの契りでも構いません。とにかく、閣下のお子を我が娘との間に儲けてもらいたいのです。さすれば、わたしどもも安心して眠ることができます」


流石にヒースといえども、我が子が治める領地を奪おうとはしないだろう。ブレンツ男爵は、そういう打算でヒースに提案した。決して、伯爵家の家督を要求することはさせないと付け足して。


「だが……本当にいいのか?それでは、ご息女が日陰者に……」


「実は、すでに日陰者になっているのです。学院時代にとある侯爵家の次男坊に手籠めにされましてな。決まっていた婚約が破談となりまして……」


しかも、その次男坊は別の侯爵家の令嬢を妻に迎えるため、手切れ金を渡して一方的に捨てたのだとブレンツ男爵は言った。酷い話である。


「それならなおの事、そのようなことをするわけにはいかぬかと思うのだが……」


「娘はすでに承知しております。この先、いくら待っても良き縁談は望めないでしょうから」


娘の名はフローラといい、歳は25歳とヒースよりも10歳も年上だ。この国の一般的な結婚適齢期は……既に過ぎている。だが……精神年齢が老人の域を突破しているヒースにとっては、何ら障害はない。


「……母上にしても、エリザにしても、恐ろしいのは承知しておろうな?」


「それは……ベアトリス様のことなら存じておりますが、エリザ様もで?」


「エリザの方がもっと怖いぞ。おまえは、朝起きてサンドイッチを食べてたら、間にゴキ〇リの卵がべったり塗られていて……それでも耐えられるか?」


「い、いや……流石にそれは……」


つい想像してしまい、ブレンツ男爵の顔は青ざめる。ゆえに、ヒースは告げる。この話を進めたいのであれば、まずは二人の了承を得るようにと。


「そこは……閣下の方から申して頂くわけには?」


「ワシも命が惜しい故、勘弁してもらいたい……」


そのうえで、事が成らなければ、代わりに何らかの対応をすると約束したヒース。これ以上はこの話題をすること自体危険だと言って、話を打ち切ったのだった。

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