第64話 悪人は、エスコートを頼まれる

秋は深まり、まもなく11月も終わろうとする頃。気がつけば、ダミアンが殺されてから1か月近く過ぎていた。


(もうすぐ、冬休みか……)


12月15日から1月15日までの丸々1か月が休暇となるのだが、すでにヒースの予定は埋まっている。妹カリンを伯爵領に移すのだ。すでに、母ベアトリスには話していて同意を得ている。アンヌと父にはその母の方から話すとも言うのだから、これ以上心強いことはない。


そして、あとは残る仇の始末を付けに、隣の国までちょっと寄り道だ。ルドルフに打ち明けたら、「只でさえ緊張が高まっているのだから今は見送って欲しい」と止められたが、要はバレなければよいのだ。だから、ヒースのスケジュールに変更はない。


そう考えていると、突然目に温もりを感じるとともに視界が真っ暗となった。


「だ~れだ?」


耳元で甘く息を吹きかけてくる女の声。心当たりは一人しかいない。


「ルキナか?」


「正解♡」


そう言って、彼女はパッと手を離しては座っているヒースの右太腿の上に跨った。以前よりもまた少し大きくなった胸をアピールしながら。


「それで、今日は何の用だ?」


平然を装っているが、目はその大きな双丘にくぎ付け。ここが二人っきりならば、この時点で手を伸ばしていただろう。だが、それをすれば、エリザの悲しむ顔が容易に想像できた。毎日、苦手な牛乳を2本ずつ涙目になりながら、飲んでいる姿を見れば、彼女のコンプレックスがどこにあるかは一目瞭然だ。それゆえに、ヒースは珍しく裏切ることを躊躇った。


だが、そんなヒースの事情などお構いなしに、ルキナはヒースの手を取ると自分の胸に強く当てて囁いた。


「いいのよ。我慢しなくても♡」


その柔らかさは、ヒースの決意を揺るがすには十分すぎる威力を誇る。それゆえに、周りで汚らわしいものを見るような目を女性陣に向けられているにもかかわらず、そのまま突き進みかけた。だが、それを見かねたルドルフが声を掛けてきた。


「おい、ヒース。流石にここじゃダメだろ。そういうことやるなら、別の場所に行ってくれないか?」


これは、彼なりの援軍だった。もちろん、本当に別の場所でやってくれという意味ではなく、彼の意志の流れを変えるためだ。そして、ヒースは迷いを絶つようにして彼女の胸から手を離すと、改めて用向きを訊ねた。「何の用で来たのか」と。すると、彼女は1枚の紙を手渡した。


「ええ…と、聖誕祭を祝うパーティ?」


それが自分にどう関係があるのかと思っていると、ルキナは恥ずかしそうに「エスコートして欲しい」と言ってきた。しかし、ヒースは意味が分からない。だから、さっき声を掛けてくれたルドルフに訊ねる。意味が分かるかと。


「おそらくは……パーティ会場まで道筋が暗いから一緒に来てもらいたいということだろう。しかし、王女殿下。何も、年下のヒースに頼まなくとも……」


確かにヒースならば、暴漢に襲われても何とかしそうだが、それでもまだ10歳なのだ。より安全を期すならば、もっと年上の人を選んだ方がよさそうに思い、そう助言したが……


「いやよ!ヒースじゃなきゃ、ダメなのよ!」


ルキナは頑として変更を受け付けるつもりはないようだ。ゆえに、ヒースは仕方なく「わかった」と言った。そんなに道中が怖いのなら、それくらいはお安い御用だと。しかし、クラスメイトの女子たちがその瞬間、顔を曇らせた。中には、彼の勘違いを訂正しようと口出ししようとした者もいたが……


「約束だからね、ヒース!」


それを察知してか、一度交わした約束をひっくり返される前に、ルキナはそのまま教室から走り去って行った。同時にクラスの女子から一斉にため息が聞こえた。


「え……?」


その反応に、何かやらかしてしまったのかと思いヒースは訊ねると、ビアンカは優しく教えてくれた。


「あのね、聖誕祭のパーティに限ったことではないんだけど、家族以外の異性をエスコートするのは、その人が恋人ですよと言っているようなものよ」


「へっ!?」


ヒースは驚き、ルドルフを見る。彼も同じように驚いていて、どうやらまだそのような話は年齢的に早かったようだ。だが、そんなことを言ってはいられない。


「こ、断ればいいんだな」


だから、早速行ってくると言うヒース。だが、そんな彼をマチルダが止めた。


「いくらなんでも、これだけの人がいる前で交わした約束よ。今更、なかったことにすれば、彼女の名に傷が入るわ。仮にも王位継承権をもつ王女殿下なのですから、流石にそれはまずいのでは?」


下手をすれば、国王を怒らせることになりかねないと、彼女は忠告した。


「エリザの方は、わたしたちからも説明するから、ここは覚悟を決めていくしかないと思うわ。後のことは……またみんなで考えましょう」


その言葉を頼もしくは思いつつも、ヒースは自身のやらかしに頭を抱えたのだった。

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