第65話 悪人は、婚約者に真実を見抜かれる
「今度のパーティのエスコート役ですか?」
円らな瞳でキョトンとした面持ちで、全力で土下座するヒースを見たエリザは、まるで事の重大さを理解していないかのように言った。なぜ、高々パーティ会場まで危ないから付いて行ってあげると言うだけの話なのに、こんな大袈裟な話になっているのかと不思議そうにして。
「いやね、エリザ。パーティのエスコートをするということはね……」
そんな彼女の初心な反応を見て、ビアンカは先程ヒースらに話した内容をそのまま伝えた。つまり、今度のパーティでヒースがルキナをエスコートして共に会場入りすれば、この学院中に彼女の恋人はヒースだと宣言するようなものだと。しかも、断れないから質が悪いとも。
「そうですか。それなら、仕方がありませんね」
最早、どうすることもできないのであれば、受け入れるしかないのではと、エリザは言った。そして、未だ土下座を続けるヒースの手を取り、「次は気をつけてくださいね」と優しく微笑んで、そのまま立たせた。
「あの……本当にすまなかった」
そんな天使のような彼女に、ヒースは改めて謝罪する。だが、ここでも彼女はにっこりと微笑んで、彼を許した。
ゆえに、この話は当事者同士が理解しあったことで、一先ずは決着を見た……はずだった。
しかし、昼休みがもうすぐ終わろうとしているのに、エリザは教室に姿を現さない。心配になったマチルダとビアンカが心当たりを探しに回ったが、その何処にもいなかったのだ。
「ヒース……」
「ああ、どうやらただ事ではなさそうだ」
ヒースは、教室に入ってきたばかりの教師にまた毒魔法をかけて、半強制的に午後からの授業を自習という名の休みに切り替えさせた。今度は前と違い、少なくとも今晩遅くまでは下痢が続くようにしたのだから、教師にとっては災難以外の何物でもない。
だが、これで彼女を探す時間を確保することができた。ヒースは、いなくなったエリザを探すため、クラスメイト達に協力をお願いした。
「任せておいて!」
女子たちは、マチルダを中心に日頃、一緒によく行く場所を当たると言ってくれた。そして、ヒースもルドルフらと手分けして校舎内を教師たちに見つからないように気をつけながら探すことにする。
(しかし、どこにいったのやら……)
それから、地下の隠れ家やダミアンが隠れていた東屋にも行ってみた。天井も見てみたがやはりどこにもいない。一度、教室に戻って女子たちにも状況を聞いてみたが、彼女たちも見つけることはできなかったと落胆の色を隠せずにいた。
「どこかまだ見ていない場所はないか!」
ルドルフが仕切って、校内地図を元に一つ一つ確認したところに印を入れていく。そして、残ったのは職員室と男子寮だった。
「まさか……」
流石に職員室はないと考えたヒースは、自分の部屋を確認していないことに気づく。だから、とりあえず見に行ってくると言って、教室をただ一人で飛び出した。そして、部屋の扉を開けたその先に、やはりエリザはいた。ヒースのベッドの上で横になりながら。
「エリザ……」
ヒースが声を掛けるが、彼女からは返事は返ってこなかった。傍に行って様子を見ようとすると、今度は顔が見えないようにうつ伏せになって隠そうとした。だが、ヒースはそんな彼女の側に腰を掛けて、優しく頭を撫でた。
「……たく、我慢できないのなら、素直にそう言えっていうんだよ」
みんなが心配しているぞとヒースは告げる。すると、彼女は小さな声で「ごめんなさい」とだけ答えた。だが、それでも相変わらず顔を見せようとはしない。おそらく、日頃の自分とは違う顔にでもなっているのだろうとヒースは思う。それゆえに、顔を見せるのを躊躇っているのだと。だが……
「なあ、エリザ。何度も言うが、ワシの妻はおまえだけだ。ルキナとは、前世の縁があって申し訳ないとは思っているが……それでも、ワシの気持ちは常におまえに向いておる。だから、このワシを信じてもらえないだろうか?」
……およそ、ルキナのおっぱいに目を奪われて、浮気寸前の所まで行った男の言うセリフではないが、エリザを想う気持ちには偽りはなかった。しかし、その言葉は彼女の琴線に触れてしまい、激しい反論を受けることになった。
「わたしは……本当は、平民の娘です!ヒース様にきっと相応しいのは、あの王女殿下です!身分も釣り合いが取れているし、きっとそうだわ。第一、ヒース様だって……わたしが忍者のスキルを持ってなかったら、あの日、助けてくれましたか!」
7歳になって以前の父に連れられて行った教会での出来事は、今でもはっきりとエリザは覚えていた。あのとき、ヒースは「それならワシが貰ってやろう」と言ってくれたが、今になって思うことがある。あれは本当にプロポーズの言葉だったのかと。
「ヒース様の本当の気持ちは、【忍び】のスキルを持つ手駒が欲しかったということ。……だけど、わたしを含めて周りが誤解し、引くに引けなくなったから、わたしを婚約者のままにすることとした……」
だったら、もうこれ以上身の丈に合わない希望に縋って、一喜一憂したくないとエリザは言った。この訳も分からず胸を締め付けるような辛い気持ちはもう味わいたくはないと……。
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