第66話 悪人は、思いの丈を告白する
「あのな……エリザ」
ヒースはそう言って、未だに顔を挙げようとしない彼女に静かに語り掛ける。
「確かに、今おまえが言ったように、7歳の……あの教会でのワシの思惑は、おまえが思っている通りだ。ワシは、おまえの【忍び】の才能を買って、部下に迎えるためにあのような言葉を言ったし、そのあとは引くに引けなくなったのも事実だ」
「!」
自分がさっき語った仮定をヒースがあっさり認めたことに、彼女の体がビクンと少し跳ねた。もしかして、自分の思い過ごしではないのかという希望が消えて、残ったのは厳しい真実。覚悟はしていたとはいえ、心に与えたその衝撃は計り知れないものがあった。
だが、ヒースの話はまだ終わってはいない。それは昔の事と前置きして、続けて告白した。
「だけどな、今は違うぞ。はっきりと言える。ワシはおまえが好きだ。身分など関係ない。もし、爵位を捨てなければおまえと一緒になれないのなら、こんなものは弟にくれてやろう」
まだ小さな弟には荷が重いかもしれないが、そんなことは知ったことじゃないとヒースは笑った。そして、共に平民の夫婦となり、どこか見知らぬ国で静かに暮らそうと。
「忍者のスキルだってそうだ。おまえが楽しそうにしているから止めないだけで、そんなものは全く必要ではないのだ。だから、これから先、忍び働きをしたくはないと言えば、ワシは強制しないと約束する」
「それじゃあ、わたしがいる意味がないじゃないですか!何の価値もないわたしをどうして、あなたは側においておけるというのですか!」
ついに堪りかねたのか、エリザは顔を上げてヒースの言葉に反論した。その表情は感情をむき出しにしていて、いつものお淑やかな彼女からは想像のつかない態度であったが、ヒースはこれを受け止めて諭すように言った。
「価値ならあるじゃないか。ワシは、おまえのことが好きで、この世の中で最も貴重な宝物だと思っておるのだ。だから、頼む。自分に価値がないなどと言わないでくれ」
ヒースの言葉に、エリザの瞳から歓喜の涙が溢れては頬を濡らした。ずっと心の中に存在していた『利用価値があるから側に置いてもらっている』という疑念が消えていくのを感じながら。
そんな彼女をヒースは優しく抱きしめて、それ以上のことは語らずに、ただ泣き続ける彼女の背中を優しく摩った。そして、泣き止むのをひたすら待った。
「もう……ずるいわ。そんなことを言われたら、わたし、もう……離れることができないじゃない……」
一通り泣きつくして、再び顔を上げた彼女は、開口一番ヒースにそう言った。その表情は、いつものような完璧なものとは程遠く、化粧も崩れている箇所がちらほら見えたが、それでもその自然体の笑顔は、またヒースの気持ちを鷲摑みした。
だから、彼は躊躇うことなく彼女の唇に口づけすると、そのままベッドに押し倒した。
「あ……わ、わたし、胸がないから……」
そう言って、顔を真っ赤にしながら手で隠そうとしたエリザだが、あっさりヒースによって払いのけられてしまう。そして、その手はシャツのボタンを外しにかかろうとした。しかし……
「おい、ヒース。盛り上がってるところで悪いんだが……流石にそれはないよな?みんな、教室で待っているんだぞ」
突然背後から聞こえたルドルフの呆れたような声に、二人はパッとベッドから飛び上がり、現実の世界へと戻ってきた。
「おまえ……いつからいたんだ?」
ヒースは、真っ赤な顔をしつつも、恨みがましく彼を見る。すると、彼は言った。
「いや……最初っからだが?」
「「最初っから!?」」
「気づかなかったのか?俺はおまえと一緒にここに来たつもりだったんだが……」
ルドルフの思わぬ一言に、ヒースとエリザの声が重なった。つまり、今までの遣り取りはすべて聞かれてしまったのだ。これ以上、恥ずかしいことはない。
ゆえに、ヒースは決めた。この者を始末して、秘密を隠ぺいしようと。
「ま、待て!おまえ、今、物騒なことを考えただろう!」
しかし、その企てはどうやら顔に出てしまったのか、ルドルフの知るとこととなった。そして、青ざめた彼は誓う。決して他言はしないと。
それでも、ヒースは疑わし気な目を向けるが、そんな彼を諭したのはエリザだった。
「ヒース様、ここは信じることにしましょう。寝首なら、いつでもかけますから」
そう言って、彼女はニッコリと笑顔をルドルフに向けた。だが、全然安心できない。かつて、枕元に忍び込まれただけに、彼は心の底から震え上がった。
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