第63話 悪人は、事の顛末を知る

その日の新聞には、ディートヘルム子爵の処刑の記事とそれを捕捉するようにアルデンホフ公爵邸爆破事件に対する警察の最終見解が掲載されていた。だがそれは、あくまでディートヘルム子爵の私怨として簡単に締めくくられていた。要職に就くために多額の献金を行ったのに、一向に動いてくれない苛立ちからの凶行だと。


「やっぱり、裏帳簿のことを隠す以上は、こういう結論にするしかなかったようだな」


ヒースは地下の隠れ家で、エリザと共に朝食を取りながら独り言のように言った。あの日、アレクシスに頼んだ手紙の内容は、「公爵のために執事も男爵も殺したのに、要職に付けてくれるどころか官憲に売り渡されようとしている」と記していたのだ。


但し、それをそのまま公表すれば、どうしても裏帳簿の話に飛び火せざるを得なくなる。どうやら、その辺りを隠すために捏造した証拠はさらに捏造されたのだろう。だが、それは真相からまた一歩、遠ざかってくれたことを意味する。ヒースにとっては望むところだ。


なお、現職の教師がテロの実行犯となったことで、学院長と教頭がそろってクビになった。学院内での殺人事件の発生と部下の管理責任を問われた形になったわけだが、後者については完全にとばっちりなだけに、哀れな話である——。


「これで、あとはあの女の行方だけだな」


『あの女』とは、ダミアンを直接手にかけたグレータ・アンブロスのことだ。ヒースは、エリザが作ってくれたハムエッグにフォークを伸ばしながら、捜査の進捗を訊ねた。彼女を介して母が付けてくれた諜報員たちに行方を追わせていたのだ。


すると、彼女は手に持っていたパンを一先ずお皿の上に戻して答える。手の者からの知らせはまだ届いていないので、もうしばらく待って欲しいと。


「あ……悪い。別に責めているわけではないのだ。おまえは本当によくやってくれている。ワシには過ぎた妻だ」


しゅんと申し訳なさそうにしたエリザを見て、ヒースはばつの悪そうにして謝罪の言葉を述べた。そもそもの話、妻に忍び家業をやらせるつもりなどなかったというのに、今ではその能力に頼らざるを得ないというのも情けない話だ。


だから、ヒースは食事を中断して、彼女に寄り添い優しく肩を抱き寄せた。せめてもの償いのために。


「しかし……ヒース様……」


エリザは少し困った顔をした。まだ自分が許せないのかと、ヒースはそれならばどうしたのかと思っていると、彼女は壁に掛けられている時計を指差した。見ると、時刻はあと10分ほどで8時になろうとしていた。


「こ、このままだと……」


「わかっている。すまなかった!」


授業の開始時間は8時だ。事態を把握したヒースは、急いで残りの食事を口にかきこみ、食器を流し台に持って行くと、手早く出発の準備をする。だが、一方でエリザの方はというと、その流し台の前に立ち、食器の後片付けをしていた。


「エリザ、そんなのは後にして……」


「わたしはあとで忍び込みますから大丈夫です!後片付けしたら、向かいますので」


だから、先に行ってくださいとエリザは言った。さもなくば、ゴキ〇リが出かねないと。


「わかった。それなら、先に言ってるぞ」


ヒースはエリザの能力を信じている。ゆえに、彼女なら大丈夫だろうと思い、部屋を出た。


(まあ、もしかしたら、瞬間移動を使うかもしれないしな……)


実際に見たことはないが、彼女ならやりかねないと思っている。前世において、信長が抱えていた女忍びと関わったことがあったが、実力的には遜色はないのではと見ているのだ。


そう思いながら、走って教室に駆け込んだヒースは、何とか間に合ったことを知った。だが、息が乱れる中、目を丸くして驚いた。どういうわけか、エリザがそこに座っていたのだ。


(まさか……本当に瞬間移動できるのか?)


そう思っていたヒースであったが、一方で何やらおかしい事にも気づく。自分が教室に入ったというのに、こちらに視線を向ける気配がないのだ。


(もしかして、空蝉の術か?)


ヒースはその術に心当たりがあったが、知らぬ顔をして自分の席に座る。それは周りも同じようで、彼女の後ろに座るマチルダは、声色を変える練習をしている。教師が行う点呼を誤魔化すために。但し、あまり上手とは言えず、誤魔化しきれるとは思えなかったが。


「おまえの言った通りだな。ホント、良いクラスになったと思うよ」


そのとき、不意にルドルフが言った。事情を説明しなくても、こうやって庇おうとする姿は、他のクラス、いや他の学年を探しても見られない光景だと。


「まあ、こんなことで一丸となってもな……」


ヒースは苦笑いを浮かべながら、その時入ってきた担任に軽度の毒魔法を唱えた。そう……少なくても30分はトイレから出ることはできない程度の下痢を誘発するために。


「あ……み、みんな……ご、めん。ちょ、ちょっと、トイレに……」


哀れな教師は、急に苦悶の表情を浮かべて、回れ右してトイレに向かった。なお、エリザが壁をよじ登って教室に窓から侵入したのは、それから10分ほどしてからの事だった。

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