第236話 悪人は、捕虜に裏切りをささやく
戦闘が終わり、降伏したティルピッツ領の兵士たちは、一か所に集められていた。縄で縛られるようなことはされていないが、周囲はヒースの軍勢に固められており、武器を手放した以上は抵抗することも逃走することも叶いそうではない。そのことは誰もが理解している。
「さて……この中で指揮官は……」
そして、そんな彼らの前に、そう呟き探す素振りを見せるのは、ヒースであった。ここからの作戦をより上手く運ぶために、色々と情報を手にしたいと考えていた。すると、ほどなくして一人の男が名乗り出た。名をスミスと言って、この部隊の隊長であると。
ヒースは、早速その者を自分の目の前に連れて来るように兵士に命じた。
「ヒース・フォン・アルデンホフである」
「えっ!?あなたが……?」
半ば強引に連れ出されたスミスは、その言葉の主——ヒースの姿を見て、思わずそう声を漏らした。何しろ、その姿はみすぼらしい兵士のなりをしていて、とてもこの国の摂政である公爵には見えなかったからだ。
だが、そんなスミスをからかうように、ヒースは言葉を繋げた。
「なんだ?ワシが嘘をついているとでも?」
「い、いえ!滅相も……」
そう言いながらも、スミスは疑念を抱いたまま、周囲の様子を窺った。しかし……周りは特に騒ぎも否定などもする様子はない。ゆえに、スミスは一拍置いて、その場に土下座して許しを請うた。いずれにしても、この男が……自分と部下たちの命を握る存在であることを思い出したのだ。
だが、当のヒースは左程気にする様子を見せずに、「まあ、よい」とだけ告げて、話を続けることを優先させた。
「単刀直入に訊く。このたくらみが上手く行っておれば、どのような手はずになっておったのだ?」
正直に答えれば、スミスを含めてこの場にいる者たちの罪を問わないと約束して、ヒースは答えるように求めた。……となると、スミスに拒む理由はない。
「その首を頂いた後は、ヴォルテックに戻る手はずとなっておりました。そして、籠城を……」
ティルピッツ領の兵士は、全軍でおよそ5千はいる。領都の城門を閉ざして立て籠もれば、例えブレーデン領に駐留している9千の兵を呼びよせたとしても、そう容易く落ちはしないだろう。
(そして……王都で黒幕が政権を握り、ティルピッツの反乱を不問に付すか……)
そうなれば、包囲軍は解散させられて、反乱を起こした連中は我が世の春を謳歌することになるだろう。
但し、その程度のことはヒースも想定済みだ。だからこそ、早期に事を片付けるために、こうして罠を仕掛けたわけで……
「スミスよ。ひとつ協力してもらいたい」
ヒースはその上で彼にささやく。もし、願いを受け入れてくれるのであれば、謀反の罪に問わないどころか、褒賞を与えると。無論、この場にいる捕虜となった全ての部下も含めてだ。
「それは……」
「なんだったら、貴族にでもしてやろう」
「き、貴族に!?」
このティルピッツ領から村を一つ領地に与えて、その上で男爵に取りたてようという……具体的な『ニンジン』をぶら下げて、ヒースは交渉した。そうなると、スミスとしては否も応もない。
「何なりとお申し付け頂ければ……」
いや、寧ろ目を輝かせて、協力を受け入れた。そのため、ヒースはその内容を伝える。すなわち、成功したと見せかけて、領都ヴォルテックに戻る兵士を少なくとも半分は自分の兵と入れ替えてもらいたいと。
「何をなされるおつもりなので?」
「知らぬ方が良いと思うが?」
籠城となれば攻略に時間がかかるため、成功を装ってこのスミスと共にヴォルテックの城内に入り込むというのが、ヒースの描いた絵図面だ。領内には5千の兵がいるといっても急には集まらないだろうし、何より成功したとなれば、直接アンダーソンらに近づくことができ、そうなれば、容易く制圧することは可能だと考えて。
ただそれは、隊長とはいえ、末端に近いスミスが知る必要がある話ではない。裏切る可能性もあれば、知ったがゆえに顔に出るケースも考えられるのだ。そして、そのときは命を落とすことになるだろう。どちらの側に殺されるかは別にして。
「……承知しました。全てのご指示に従うことといたします」
もちろん、果たしてそこまで理解ができているかは不明だが、スミスはこうしてヒースの要望を受け入れた。どのみち、暗殺計画は失敗して囚われたのだ。自分の運命を切り開くためには、他の選択肢などないことはわかりきっているとして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます