第237話 悪人は、謀反の素人をあざ笑う

「開門!」


ヴォルテックの閉ざされた城門の前で、スミスは大声を張り上げた。掲げる槍の先には、布に覆われた首のようなものが吊り下げられている。


ゆえに、城門を守る兵士たちは、門を開ける作業に取り掛かるのと同時に、領主館に使いを出した。もちろん、成功したことを伝えるために。


「よくやってくれた。これで、我が侯爵家も安泰だ」


そのため、スミスと同行する兵士たちは、誰に阻まれることなく領主館の敷地内に通されて、ルドルフの叔父であるゲドーと執事のアンダーソンの出迎えを受けた。間抜けなことに何の疑念も抱くことなく、この場には側近たち数名と20名余りの兵士たちしかいない。


「それで、見せてみよ。アルデンホフ公の首を」


「はっ!」


それゆえに、スミスが布包みを広げた瞬間にヒースは立ち上がり……連れてきた味方に号令を下す。「全員捕らえよ」と。


「な……!?」


スミスの後ろで跪いていた兵士たちが瞬く間に味方へ攻撃を開始するのを見て、ゲドーは何が起こったのか理解できずに声を零した。ただ、ここに紛れ込んだヒースの手勢は、テオを始め精鋭ぞろいだ。しかも、それが50名を数えるとなれば、この場にいる護衛の兵では太刀打ちできない。


こうして、ゲドーもアンダーソンも、何もできないままあっさりと喉元に剣を突きつけられることとなって、行動の自由を奪われた。


「スミス!これは一体どういうことだ!!」


だが、真っ青な顔をして震えるだけのゲドーに代わり、そんな中でも声を上げたのはアンダーソンだった。彼はスミスがこの機に乗じて反乱を起こしたと考えて、「恩を忘れたか!」と糾弾もする。


すると、突然笑い声がこの場に響き渡った。但し、その声の主は、アンダーソンが糾弾したスミスではなく……ヒースであった。見た目はただの歩兵であったが。


「恩を忘れたか。いやはや、どの口がそのような言葉を吐くのかのう」


「な……!き、きさま、下賤の分際で……!」


追い打ちをかけるように続けて吐かれた挑発するような言葉に、アンダーソンは激高した。格下の兵士に侮辱されたと捉えたのか、あるいは痛い所を突かれた照れ隠しだったのかはわからないが、喉元に剣先を突きつけられていなければ、きっとすぐに殴りかかっていただろう。だが……


「控えよ、下郎!ここにおわすは、摂政アルデンホフ公爵殿下なるぞ!!」


「へっ!?」


この場にいる全ての者に聞こえるようにテオが大声で告げると、アンダーソンの顔色は変わった。それでも、信じられないのか。縋るようにスミスへ視線も送ってみたりもする。しかし……いつまで待っても否定してはくれない。


「じゃあ……その首は……」


「ニセモノに決まっておるだろう。まあ、籠城されても別に構わなかったのだがな。城壁を爆破したらルドルフが困るだろうから、なるべく被害を出さんように配慮したのだ」


だから、感謝しろよとヒースは言うが、当然、その思いはアンダーソンたちと共有することはできない。そのうえ、追い打ちをかけるように……メイサに連れられて、ルドルフがこの場に姿を現した。


「メイサ……おまえ、裏切る気か!?」


「あら?人聞きが悪いこと言うのね。わたし、別に裏切ってはいないわよ」


「それじゃあ……どうして、お屋形様をここに……?」


メイサはアンダーソンにとって信頼する愛人であり、この企てをたくらんだ時から心を同じくする同志という認識であった。ゆえに、意味が分からず混乱もした。


しかし、そんな彼女はアンダーソンの思惑など気にすることなく、追い打ちをかけるようにヒースに近づき、一通の手紙を手渡した。


「あっ!それは……」


隣に立つゲドーが声を上げたが、その手紙は昨日、王都にいるさるお方に送ったはずのものだった。ただ、その言い逃れのできない証拠をあっさり渡すところを見て、アンダーソンは察した。


(つまり……この女はスパイだったということか!)


これで用事が済んだとばかりに、それ以上の言葉を掛けてくれることなく去って行く彼女の後姿を見て、アンダーソンは砂の城が崩れるような感覚がして……がっくりと膝を折った。そして、最早これまでと事が破れたことを悟った。


「ヒース……すまない」


「気にするな。事後処理については、後で話すからとにかくまずは体を休めろ」


捕らえられたゲドーとアンダーソンがテオの差配で地下牢へと送られる中、ヒースはルドルフを労わった。こうして、首謀者たちも押さえたからには、もう何も心配することはないと言って。


ただ、それはこのティルピッツ領に限ってのことだった。

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