第157話 悪人は、和解の証に毎月花束を贈ると誓う
ここは、ルクセンドルフ伯爵邸の玄関。馬車から降りたエリザが出迎えたヒースに深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、ヒース様。勝手なことをしてしまいました……」
「いいんだ、エリザ。すべてはこのワシが悪いのだ」
前世の夢から目覚めて朝を迎えたヒースは、無事にこうしてエリザが帰って来たことに、まずはよかったと胸をなでおろしていた。そして、その立役者であり、エリザの隣に立つクリスティーナに最大限の賛辞を贈る。「よくやってくれた」と。
「大した事はしてないわよ。帰ることを決めたのはこの娘だし、わたしが口を挟まなくても、遠からず解決していたんじゃない?」
「そんなことはありませんわ。クリスティーナ様に背中を押して頂いたからこそ、こうしてヒース様のお顔を再び見ることができたのです」
そうでなければ、きっと一人でまだしばらくは考え続けることになっていたはずだと、エリザは思う。そして、場合によってはクリスティーナが示したもう一つの道を選んでいた可能性がないとは言い切れなかった。
「本当にありがとうございました。クリスティーナ様」
それゆえに、エリザは心の底から感謝の気持ちを口にして、深々と頭を下げた。そして、二人のやり取りを見たヒースもこれに続いた。「この御恩は終生忘れない」と。
「だから、二人とも大げさだって。全然、大したことはしてないんだから、気にしないでよ」
「そういうわけにはいかんだろ。何か礼をさせてもらえたらと思うが……」
「だったら、これから毎月うちからエリザちゃんへの花束を買ってくれないかしら?」
「花束を……?」
「そうすれば、うちも儲かるし……何よりも、あんたの株が上がるでしょ。エリザちゃんも喜ぶだろうし」
その提案に「なるほど」とヒースは唸った。そして、要らぬことを言った。「やはり、年の功は凄いのだな」と。……次の瞬間に、頭にゲンコツが落ちてきた。
「いったぁ……」
「あんたねえ……図に乗るんじゃないわよ。年上の女性に対する口の利き方ってやつをママに教わらなかったのかい?」
クリスティーナは、呆れるようにしてヒースに言った。そんなデリカシーの欠片もないから、嫁に逃げられるのだとも。それを見て、エリザはクスクス笑った。
「ヒース様。クリスティーナ様の言うとおりですわ。女性に年齢のことを言っちゃダメですよ」
ただ、その笑顔に憂いはなく……ヒースが見たかったいつものエリザの顔だった。
(よかった……どうやら、一安心だな)
それゆえに、ヒースは心の底から安堵の表情を浮かべて、ここで立ち話も何だからと二人に中へ入るように促した。
「続きは中に入ってお茶でも飲みながら話そうではないか」
すでに応接室には、エリザが好きなケーキやデザートは片っ端から用意しているのだ。もちろん、物で誤魔化そうという気持ちは更々なく、あくまでもヒースの気持ちだった。
「うわぁあ!おいしそうですね!」
そして、部屋に入るなりエリザも喜び、いくつか皿に移し取ると、早速それ口に頬張った。しかし、それも二、三口ほど口に入れたところで、急に表情が曇った。
「ん?どうしたんだ?」
「す、すみません。そういえば、朝ご飯を食べたばかりでした……」
だから、お腹がいっぱいで食べられないと、エリザが申し訳なさそうに告げてきた。だが、クリスティーナは不思議に思った。仮に面会の前に朝食をたらふく食べたとしても、すでに3時間以上は経過しているのだ。そのうえ、その間は何も食べていないことは自身が知っている。
(まさか……)
「エリザちゃん、気分が悪い所を申し訳ないけど……もしかして、最近同じようなことがあったりしない?」
「え?……ええ、いつもではないのですが、食べようとしたら同じように気持ち悪くなることが何度か……」
「そういえば、ヒース君の浮気癖に原因があるとはいえ、悩んでいたのよね?」
「は、はい……お恥ずかしい限りですが……」
マリカが妊娠したと聞いて、共にヒースを支えようと口では言ったのに、感情が抑えきれず……そういう自分が許せずに、この所のエリザは日々を過ごしていたのだ。彼女はそのことを恥じてはいるが……
「まさか……そうなのか?」
前世でもこの経験を済ませていたヒースも、今の会話の流れからエリザの体に何が起こっているのかを理解した。そして、クリスティーナが頷き、その考えを肯定するや……すぐさま席から立ち上がると、外に出て大声で叫んだ。
「誰か!すぐに医者をここに連れてきてくれ!!」と。
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