幕間 母親は、天使の姿の下に悪魔が潜んでいることに気づく

「はぁ……あなたまで一緒になって、何てことをしてるのよ……」


ヒースへのお仕置きを済ませて、彼らを馬車に放り込んで屋敷に送り返した後、未だに懺悔室で反省を続けているロシェルに、ベアトリスは呆れたように言った。もし、こんなことが王都の枢機卿の耳にでも入れば、大変なことになるんじゃないかと。


「それについては、面目ないと思っているよ。だけどね、あの子を見ていたらどうしても協力したくなるんだ。一体この先、どんなことを成し遂げるのかってね。ボクは、ワクワクするんだ」


それはまるで少年のような、青臭いことを言っていると、自分でも自覚しているとしたロシェル。そういえば、この人はこんな人だったなと、学院時代のことを思い出してベアトリスはもう一つため息をついた。


「まあ……お仕置きはその辺でもういいから、そこに座ってくれる?」


ベアトリスはそう言って、ヒースのことで少し話がしたいと言った。ロシェルは、這いつくばって痺れた足を伸ばして、しばらく間を置いてから立ち上がり、彼女の前に座った。そして、口を開く。


「……まあ、親としては当然の反応だろうね。ボクだって初め見たときは驚いたから……」


そう言って、ロシェルはスキルを発動させる。名は【カンニング・ペーパー】といって、過去に記憶した事柄を脳内に引き出すものだ。そして、懐から手帳を取り出して、脳裏に描かれた『あの日見たヒースのステータス』を書き写した。


「相変わらず、デタラメなスキルよね……」


この技で学院時代のロシェルが、自分の成績を自由自在にコントロールしていたことを思い出して、ベアトリスは苦笑いを浮かべる。だが、書き終わったメモを受取り、目を通すにつれて、表情から余裕は消えて一転険しいものに変わった。


「ここだけの話にしてくださいね。もし、ヒース君に知られたら、ボクは消されるでしょうからね」


「わ、わかってるわ……。で、でも、本当にこれは……」


メモを持つベアトリスの手が震える。あの天使のような息子の正体が得体のしれない悪魔のように思える。そして、何かの間違いじゃないかとも……。


「知力については、間違いないと断言するよ。何しろ、王女殿下に纏わる相談をしたところ、7歳とは思えない献策を提言されたからね……」


「うそ!?あれって、ヒースの提案なの?あなたじゃなくて!?」


「はい」


ロシェルの口から飛び出した思わぬ告白に、ベアトリスは一瞬頭がくらっとした。


不義の子として修道院に送られたマリー王女が表向き亡くなったことにされて、王弟リヒャルトの娘として迎えられたという話の顛末は、つい数日前にベアトリスは独自のルートから仕入れていた。そして、その献策を行ったのが他ならぬ目の前にいるロシェルだと……。だが、どうやら真実は異なる場所にあったらしい。


「ホント、どうしたらいいのでしょうかね……」


ベアトリスは思わず心の内を吐露して、ため息を吐いた。


ロシェルはその行く末がどのようになるのかを見てみたいと期待しているようだが、母親の立場としてはそんなに簡単に理解を示すことはできない。本音で言えば、こんな行く末が「英雄か悪魔か」というような子ではなく、エリザのような普通の子で良かったのだとさえ思っている。


すると、そのとき懺悔室の扉が開かれた。


「奥様、ただいま戻りました」


そう言って現れたのは、ヒースがサーシャという金貸しと連絡を取るために半ば脅迫してメイドにしたというミーナだ。彼女はヒースたちと一旦屋敷に戻ったが、すぐに取って返してここに戻ってきたのだ。


「それで、あの子の様子はどうだった?」


これで、全然堪えていないようなら、最早打てる手は少ないだろう。そう考えながら、ドキドキ回答を待つ。


「若様は、お尻を叩かれたショックと恥ずかしさと、そして痛みとで……そのまま泣きながら寝室に籠られました。あと、道中では奥方様のことを『鬼ばばあ』とも……」


「そう……あの子はそんなことを言ったのね」


そう言いながら、思わず吹き出しそうになったベアトリス。口は悪いが、それでも子供らしいところがあることにホッとしたのだ。


(まあ、恐れられている間は、まだ大丈夫よね?)


得体のしれない子であっても、ヒースは腹を痛めた我が子には違いないのだ。そのことに思い至り、ベアトリスは改めて心を強くした。どうやら手遅れではないようなので、これから厳しく躾ければ、問題ないと。


「それでは、ミーナさん。あの子がまたおかしなことを企んだら、わたしに教えて頂戴ね?」


「畏まりました。若様に拾っていただいた恩に報いるため、道を誤らないように精一杯務めさせていただきます」


ミーナはそう告げて、部屋を後にした。主君が道を誤ろうとしているのなら、それを正すことこそ忠臣の道だという、ベアトリスから受けた教えを胸に抱いて。

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