第23話 悪人は、断罪される

(しかし、侯爵家の家督を得るためには、益々『歩き巫女』の育成を急がねばならぬな……)


邸内にある図書室で、ヒースは一人考えていた。机の上には、伯爵領の財政や経済状況に関する資料と王都を牛耳る有力貴族の実力を示す資料を見比べるように左右に並べている。そして、前者の資料にはルクセンドルフ伯爵家の現状が比較的安定していることを示す材料が記されてはいるが……


(せめて侯爵家を手中に収めなければ、話にならぬぞ、これは……)


後者の資料を斜め読みしながら、ヒースはため息をついた。例えば、王都では現在、宰相を務めるローエンシュタイン公爵家と国王の外戚であるティルピッツ侯爵家がそれぞれ派閥を形成して争っていると聞いているが、そのいずれと比較してもルクセンドルフ伯爵家の実力は足下に及ばない。前世で言えば、織田家や毛利家と徳川家を比較するようなものだろう。


「兎に角、一度、ロシェルに状況を確認しておくか……」


ヒースはそう言って、資料を元の位置に丁寧に返すと、部屋をこっそりと出た。自分の家ではあるが、流石に7歳の子が難しい専門書を読んでいるのを知られれば、思いもよらぬ疑念を抱かれかねないと考えて。


そして、そのまま自室に戻る。すると、そこにはサーシャとの連絡係を務めるミーナが手紙らしきものを持って待ち構えていた。


「それは……」


「司教様からのお手紙だそうです。先程、この部屋に届けられましたので預かりました」


そう言って、ミーナはすっとそれを差し出した。裏を確認するが、開けられたような形跡はない。早速開封して中身を確かめる。


「よし……出かけるぞ」


ヒースは手紙を折りたたんでそのまま燃え盛る暖炉に放り込むと、使用人を呼び、馬車を用意するように命じた。そして、ミーナに供するように告げて部屋から出ると、途中、鍛錬に励むテオを見つけて、同じように供をするように声を掛けた。彼も直ちに合流した。


馬車に揺られること、20分余り。司教の待つ教会に着いた。手紙には、「『歩き巫女』とするべき見目麗しい20名の少女たちが届いた」とあった。


(懺悔室で面談と称して、多少、味見してみるかのぉ~)


少女たちは今の自分よりは年上だが、前世の記憶を持つヒースにとっては大した問題ではない。もちろん、精通もまだなので、口を吸ったり、柔らかさや香りを楽しむ程度しかできないが、それでも十分楽しめるとヒースは踏んでいた。しかし……


「あら、ヒース。奇遇ね」


「は、母上……?」


ワクワクしながら扉を開けたその先に立っていたのは、母・ベアトリスだった。そして、部屋の片隅で正座をしているのはロシェル司教である。


「あの……これは一体……」


嫌な予感がしつつも、ヒースは確認せざるを得なかった。何しろ、母の後ろに呼び寄せた20人の女どもがいたのだ。手に入れるためには、避けて通ることはできなかった。


だが、ベアトリスはニッコリと笑みを浮かべてヒースに告げる。


「ヒース……。誰に教えてもらったのか、それとも自分で調べて考えたのかはわからないけど、あなた凄いことやってるわね。教会と組んで、孤児に適切な教育を施して領地経営の戦力にしようだなんて……ママ、感心しちゃったわ」


「そ、それは……どうも……」


その言葉で、直感的に全てが露見したことをヒースは悟る。できれば、回れ右してお家に帰りたいところであるが、蛇に睨まれた蛙のごとく、手足を動かすことが何故か叶わない。


そして、ベアトリスはさらに続けた。ここからが話の肝だと言わんばかりに。


「でもね、流石に彼女たちを騙して連れてきて、娼婦にしようって言うのはあまりじゃなくて?ママ、あなたをそんな子に育てたつもりはないわ」


(いやいや、育てたつもりはないって……アンタは子育てなんかしてないだろ!?)


生まれた直後は乳母であるアンヌに丸投げ。乳離れして以降は、雇った教育係に丸投げ。そして、今の今まで、母親らしい事なんか全然してないじゃないかと、ヒースは心の中で突っ込む。しかし、今の状況でもちろんそれを言うことは叶わないが……。


「ですが、奥方様!これは我が領がより豊かになるために必要なことなのです!」


そして、間が悪いことに、後ろに控えていたテオが口答えをしてしまった。彼は、ヒースが掲げる表向きの理想を信じていたのだ。


「よせ、テオ!」


不味いと思ったヒースは、咄嗟に止めようとしたが後の祭り。ベアトリスの表情が能面へと変わり、怒っていることは明らかだった。


「テオ。主君の言うことを疑わずに追従するだけの存在は、忠臣とは言わないわよ。どうやら、あなたにもお仕置きが必要なみたいね……」


「「ひっ!」」


地の底から湧き上がってくるような、怒気を含んだ絶対零度の如く冷たい声に、ヒースもテオも竦み上がった。


「それでは、司教様。懺悔室に移りますので、あなたもご一緒に」


そして、ベアトリスは今回の陰謀に加担した者たちを容赦なく断罪するのだった。

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