第24話 悪人は、スパイ対策を考える

(それにしても、どうして母上は俺のウソを見抜いたのだろう……)


教会でお仕置きとして、テオと揃ってベアトリスに【お尻ペンペン】をされてしまった翌日、ヒースは、屋敷の裏庭でテオと組み手の練習をしながらそのことを考えていた。なお、テオは剣士としての鍛錬をしたいということで、木剣を持って相対しているが、ヒースはこれを難なく躱していた。


「それが四十八手のスキルですか。凄いですね。結構、本気でやってるんですが、全然当たらないとは……」


テオは感心してそういうが、それを言われるたびにヒースは微妙な顔をする。まさか、アレをするときに女を満足させるために使う技だとは、まだお子様であるテオに言うわけにはいかずに。


「しかし、どうして母上は知っていたんだろうな」


だから、話の話題を変えてみた。それは、さっきからずっと頭の中で問答をしていたことだ。違う者の視点からなら、何か気づいたことがあるのではないかと考えて。


「……母の話だと、奥方様は屋敷の内外にスパイを置いているらしいですよ」


「スパイだと!?」


ヒースは思わず手を止めて、テオの話に耳を傾けた。曰く、かつて信頼していた夫とアンヌの不倫に衝撃を受けたベアトリスは、領民の力を借りて独自の諜報網を広げているのだとか。


「つまり……ワシが悪さをしたら、漏れなく母上の耳に達するということか?」


「おそらくは……」


テオのその言葉に、ヒースは愕然とした。そういうことであるならば、午後にでも城下にある牢に行って、使ったことのない【爆弾正】を罪人相手に試そうと考えていたが、中止にした方がよさそうだと判断する。その内容が内容なだけに、バレたらまた叱られることは確実だろうと。


「何とかしなければな……」


しかし、これではこの先、やりたいと思うことができなくなる可能性大だ。ゆえに、その対策を考える必要があるとヒースは判断した。


(とはいっても、何をすればよいのか……)


真っ先に頭に浮かんだのは、元凶である母・ベアトリスを消すことだ。さらに言えば、ついでに父・オットーも一緒に始末すれば、ヒースはめでたく伯爵家を継承して、行動の自由を阻む者は誰もいなくなる。だが……


(いや……父上は兎も角、母上は殺すことはできないな……)


この伯爵領における母・ベアトリスの人気は絶大なものがある。幼くして、父母を事故で亡くして領民の同情を一身に集めて、さらに長じては幾多の慈善活動に参加しており、『ルクセンドルフの女神』と妄信的に称える者も少なからずいるのだ。


そんな彼女が非業の最期を遂げるようなことがあれば、領内に軽視できない混乱が生じることになる。下手をすれば、死に物狂いで調べられて、真相を暴かれることだってあり得るのだ。可能性が低いとはいえ、危ない橋を渡る必要はない。


(母上をそのままにするとなると、やはりスパイを何とかするしかないな……)


即ち、手足となっているスパイを消すか、買収することをヒースは考えた。そうすることで、母の元に正しい情報が伝わらなくなる。


但し、前者の場合は例えヒースの仕業だと気づかれなくても、いなくなってしまえば、新たに補充するだろうからイタチごっこになる可能性が高い。


(だが、買収すると言ってもどうすればよいのか……)


いくら伯爵家の世子とはいえ、ヒースの自由になる金はあまりない。父親からちょろまかしている月20万Gの資金はあるが、どれだけいるかわからないスパイにばら撒くのは、砂浜で水を撒くのに等しい行為だ。


(買収できないとなると、弱みを握り、脅迫するという手もあるが……)


それはそれで、手足となって動く部下が必要となる。だが、これも『歩き巫女』という構想を取り下げざるを得なくなった以上、今のところ当てはない。詰まるところ、ヒースの持つ手駒は、今のところは目の前にいるテオのみだ。まだ8歳という年齢を考えれば、彼にそんな芸当ができるとは当然思えない。


「今のところは、打つ手なしか……」


「若?どうかしましたか?」


「いや……ワシのために、早く大きくなってくれ」


「?」


散々、一人で悩んだ挙句、出した答えをつい口にしてしまったヒース。怪訝な顔をするテオを見て、焦っても仕方ないと考え直して、武芸の練習を再開した。まだ7歳なのだ。この先、機会はまだあると自分を言い聞かせながら。

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