第233話 悪人は、冷や水を浴びせられる
「あら?ようやく立ち直ったのね。それなら、これ飲みなさい」
ブレンツ子爵らとのやり取りの後、気を取り直して皆が談笑している輪に近づいたヒースに、リリスはそう言ってジョッキを差し出した。だが、途端に異様な臭いが鼻を突く。
「う……なんだ?リリス。この禍々しい色をした何とも言えぬ臭いがするモノは……?」
「魔族特製の精力剤よ。これだけいるのだから、わたしの順番が来るまで元気でいてもらわないと困るからね」
だから、さあ飲めと言われて、ヒースは苦笑いを浮かべた。流石に嫌な予感しかせず、「この体は若いから、必ず夜行くから」と宥めながら逃げようとした。すると、そんな二人を見て、エリザもマリカも笑った。
「ところで、マリカ。こないだの事、本当にすまなかったな」
そんなリリスの魔の手から逃れるようにして、マリカに近づいたヒースは、開口一番謝罪の言葉を口にした。それは、義輝の逆襲に備えようとした際、見捨てるような発言をしたことについてだった。
「い、いえ!あれは、わたしが勝手にやったことで……。こちらこそ、ご迷惑をおかけしてもうしわけありませんでした!」
マリカは自分の立場を弁えていた。いや……それゆえに、結局国境すら越えることもできずに、役に立てなかったことを恥じていた。だが、ヒースは「それは違う」と告げた。
「いや……全てはワシの配慮が足らぬ言葉が原因だ。何を言っても言い訳にしかならぬが、今後は見捨てるようなことはせぬと誓う。だから、どうか水に流してもらいたい」
そして、「このとおりだ」と言って、ヒースは深々と頭を下げた。加えて、ルイスとマルティナの認知もすると言って。
「……いいんですか?」
流石にこの言葉に驚き、マリカは咄嗟にエリザに訊ねた。元々、親子の名乗りをあげないということにしたのは、正妻である彼女への配慮のためだ。だが、彼女は答える。「構わない」と。
「あのときは、わたしも未熟だったわ。ごめんなさい。辛い思いをさせたわね?」
「いえ……とんでもない。そもそも、その覚悟で産んだわけで……」
「でも、あなたに苦労を掛けたことには変わりはないわ。だから、これからはヒース様と共に償わせて貰えたらと思うの」
エリザはマリカの手を握り、「本当にごめんなさい」と頭を下げた。そのうえで、これからはルイスとマルティナを我が子レオンの兄と姉として敬わせるから、どうか弟として受け入れて欲しいと。
「エリザ様……こちらこそ、どうぞよろしくお願いします……」
自然と目から涙がこぼれた。気丈に振舞い、止めようと思ってもその涙は止まらない。マリカは二人の配慮に心より感謝した。
「……ところで、マリカ様のお子が認められるのなら、うちの子はどうなのでしょう?」
「ディアナ……」
「だって、そうでしょう?同じ妾の子なのですよ?それとも……うちは違うのですか?」
突然声を掛けられて振り返れば、そこにはディアナが立っていた。ただ……かなり酔っ払っているようで、ハインツの妻となったフローラが苦笑いを浮かべて支えていたが……。
「おい、おい、大丈夫か?……フローラ殿、こやつは一体何杯飲んだのだ?」
「え?えぇ…と……」
正直応えるべきかどうか、迷いながらも……フローラは指を1本立てた。つまり、たった1杯でこれだけ乱れるということは、かなり酒に弱いということになる。
「とりあえず、水を飲んで休め。ほら……」
元々、飲まそうとしていたのだろう。傍に控えていたスタッフからグラスを受取り、ヒースはそれをディアナに渡そうとした。しかし……彼女は拒む。
「わたし、殿下のお口から頂戴したいな♡」
フローラの手を振り払い、ヒースに抱き着きながら、そう耳元でディアナは囁いた。だが……それは、エリザやマリカの耳にも当然届く。
「マリカ。バケツ一杯の水をこのアバズレにぶちまけなさい。そうすれば、きっと酔いも醒めるでしょう」
「かしこまりました。それでは、早速……」
「お、おい……ちょっと待て……」
抱き着かれている状態で水をかけられれば、巻き込まれることに気づき、ヒースは二人を止めようとした。しかし、二人は止まることなく手早く準備を進める。極めつけは、リリスの魔法だ。
「ふふふ、特製の氷水を用意したわよ。これなら、一発で目が覚めるでしょう」
バケツに粉々にした氷を入れて、さらに冷却魔法で水を冷やしてからマリカに手渡す。とても、楽しそうにして。
「ま、待て!流石にそんなものをかけられたら、心臓発作で死んでしまうだろ!?」
「「「問答無用よ」」」
バシャリっ!!!!
「「ぎゃああああああ!!!!!!!!」」
ヒースの願いも虚しく、その氷水は抱き合っている二人を祝福するかのように思いっきりぶちまけられた。当然だが、ヒースもディアナもその冷たさに悲鳴を上げて飛び上がった。
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