第3章 稀代の悪人は、妹に近寄る悪い虫を成敗する

第71話 悪人は、13歳の秋を迎える

早いもので、もうすぐヒースは学院に入学してから4度目の秋を迎えようとしていた。


「なあ、エリザ。こっちのリボンがついたピンクのドレスの方が可愛いと思わぬか?」


「いいえ、ヒース様。カリンちゃんはもう10歳なのですから、少々痛いのでは?」


「そんなことないだろう。ワシの見立てに間違いはないはずだ。なあ、カリン?」


ただ……去年までと違うことがあるとすれば、王都に向かうメンバーが一人増えるということだ。


「あの……お兄様。わたしも、ピンクはちょっと……」


カリンこと、カーテローゼ・フォン・ルクセンドルフ伯爵令嬢は、今年で10歳を迎えたため、ヒースらが通う初等学院に入学しなければならない。ゆえに、こうして彼女が住まう伯爵邸に寄って、ヒースらは準備を手伝っているわけだが……さっきから、ヒースは戦力になっていない。衣装だけでなく、文具選びでさえも、悉く意見は却下されている。


そして、今回も恥ずかしそうにする妹の表情を見て、己の無力さを悟った。同時に心が折れる音が聞こえた。


「う……どうやら、ワシはいらない子の様じゃな。ちょっと夜風に当たって来るよ……」


そう言って、ヒースは部屋の外に出ようとする。しかし、悲しいかな。カリンもエリザも衣装選びに夢中になって、ヒースのことなど眼中にないようで止める気配はなかった。ゆえに、仕方なくヒースはそのまま部屋の外に出た。


「ヒース様。このような時刻に如何なさいましたか?」


「テオ兄ぃか。いやな、カリンの準備を手伝おうと張り切っていたのじゃが……どうやら必要ないみたいでのぉ。それなら、少し町にでも行こうかと思ったのじゃよ」


時刻は20時を過ぎていたが、領内はヒースが信長の真似をして取り入れた『楽市楽座』政策が功を奏して空前の好景気に沸いており、この時間でも通りには人がにぎわっている。だから、少し遊びに行くとヒースは言った。


「お供します」


もちろん、ヒースの実力ならば、一人でうろついていても何かあるとは思えないが、伯爵たるお方が誰も従者を連れていないということ自体が沽券にかかわるのだ。ヒースはそういったテオの配慮に感謝して、同行を認めた。


「それで、どこに向かいますか?」


伯爵邸の門から出て、大通りを歩きながらテオは主に訊ねる。すると、「酒場に行こう」という声が返ってきた。


「しかし……我らはまだ未成年ですが?」


「エトムントが始めたバーが人気だそうじゃないか。そこなら、何とかなるだろ。ワシの顔を知らぬわけじゃあるまいし」


エトムントとは、ロシェルに委託して行わせている孤児院で学んでいた青年だ。すでに今年で18歳を迎えていて、この町で小さいながらもバーを経営していると聞いている。


「あ、あそこは……ちょっと……」


しかし、どういうわけか、テオは言葉を濁して嫌そうな顔をした。だが、ヒースを前にしてそのような態度を取ることは悪手以外の何物でもない。


「よし!そこで決まりだな!」


「ひ、ヒース様!?」


ヒースはテオの制止を振り切り、店へと向かう。そして、辿り着いて入店したその先に、明らかに見覚えのある女性が立っていた。彼女は驚き、目を丸くしている。


「えぇ…と、もしかして、カリーナか?」


「は、はい!ご無沙汰しております」


そう言ってぺこりとお辞儀をする彼女は、金貸しのサーシャに運営を委託している歌劇団『スターナイト・シスターズ』の主要メンバーのはずだった。だが、見る限りお客として訪れているという感じではない。


ゆえに、どういうわけかとヒースが訊ねると、もうすぐエトムントと結婚するから手伝っているという。


「歌劇団の方は、先月で退団させていただきました。拾っていただいたご恩があるのに、全うできずに申し訳ありません」


しかし、来年には子が誕生するから、許してもらいたいと言われれば、ヒースの方からは文句の言いようがない。だから「おめでとう」と言って、幾ばくかの金貨を握らせた。ご祝儀だと言って。


「それで、手伝っているのなら、そろそろ席に案内してもらいたいのだが?」


ここまでしたのだから、未成年ということで追い返されることはないだろうと高を括るヒースを「どうぞこちらへ」と、カリーナは一番奥のカウンター席に案内してくれた。


「何でも構わない。お勧めのカクテルを2つ作ってもらえないか?」


「畏まりました。少々お待ちを」


席に着くなり、ヒースはカウンターの向こうにいるエトムントに、さっさとオーダーを告げる。すると、彼はヒースの目の前でその技を披露した。


「ほう……見事だな」


その迫力と美しさに思わず声を零すと、彼の隣に戻ったカリーナが小さな声で囁く。「この姿に惚れたのよ」と。


だが、それは隣にいたテオにとっては尤も聞きたくなかった言葉だった。あからさまに渋い顔をして落ち込む彼の肩をポンポンと優しく叩き、ヒースは「元気を出せよ」と励ましたのだった。

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