第174話 悪人は、帰国の途に就く

結局、ラクルテル侯爵は戦争犯罪人の指定から外れた。王弟となったフィリップの養父という立場が新たに上書きされたがゆえの結末だったが、この決定に対して、ルビー伯爵は異を唱えなかった。


但し、市民の反発は強いようで、テルシフに残れば命の危険があることから、侯爵とフィリップ、さらにもう一人の子と、この離宮に逃れていた。このあと、ヒースらが帰国する際に同行する手はずとなっている。


そして、王都テルシフ陥落から1か月が経ち、政府から任命された総督が1万の兵を率いて本陣が置かれている離宮に到着した。これをもって、ヒースのこの地で行うべき仕事は全て終了したわけだが……


「ルクセンドルフ伯、よくぞやってくれたな!」


新総督として現れたその男を見て、ヒースは驚いた。


なぜなら、到着するなりそう言って、ヒースの功績を称えたのは、財務大臣という要職に就いており、今や宰相派のナンバー2と目されているロシェル侯爵ヴィルヘルムであったからだ。加えて言うならば、長男であるエドウィンの姿も共にある。


「あの……これは一体、どうしてここに?」


「見てわからんのか?新総督として着任するために、財務大臣を辞めてきた……それ以外に理由などなかろう?」


その言葉を聞いて、ヒースは何の冗談だと思った。財務大臣の地位にあったからこそ、これまで次期宰相を巡る椅子取りゲームにおいては、ヴィルヘルムが一歩も二歩も抜きに出ていたのだ。どうして、その有利な状況を自分で放棄するのかと。


すると、ヴィルヘルムは笑いながら……複数の書面をヒースに手渡した。


「こ、これは……?」


「見覚えがあるだろう?ルクセンドルフ伯よ。いずれも、今回の戦争で貴殿が政府の名前で金を借りた際に交わした借用書だ」


合計でいくらになったと思うか……と問いかけるヴィルヘルムの目は笑っていない。ここにあるのは全て写しであり本物ではないが、何の慰めにもならない。


「さ、宰相閣下には、必ず勝つから政府の名で金を借りる許可は得ましたが……?」


「それはワシも聞いておる。だが……限度というものがあるとは思わぬか?ルクセンドルフ伯よ」


「か、勝ったんだから、良いというわけには……?」


「良いわけがあるか!全部足してみろ!昨年度の税収の20倍だぞ。いくら何でも使い過ぎだろうが!!」


しかも、トドメの50億Gは一体何に使ったのだと追及されて、ヒースは言葉を詰まらせた。まさか自分たちの結婚披露宴のために使ったとは言えない……。


「まさか……返せとは言われませんよね?」


「それは大丈夫だ。腹は立つが……政府の名を使って借りている以上、支払い義務は政府にある。だから……ワシは大臣を辞めることにしたんだ」


ヴィルヘルムは言う。このまま財務大臣の地位に留まれば、必ずこの借金問題を解決することを求められるだろうと。しかし、解決する術など思いつかないのだから、これではいざ宰相になりたいと思っても、周囲の支持は集めることは難しい。


「つまり、急がば回れということですか?」


「まあ、そういうことだ。格下の総督職ではあるが、財務大臣をこのまま続けるよりかはマシだと判断したわけだ。だが……ルクセンドルフ伯よ。貴殿はこれでワシにひとつ借りができた。わかっておろうな?」


「わかっております。閣下がいずれ宰相を目指されるときは、必ずお力になることを約束しましょう」


「頼んだぞ」


取りあえずは、満足いく答えを得たのだろう。ヴィルヘルムは先程までの剣呑な雰囲気を一転させて、笑顔でこの話題を終えた。そのうえで、今回の戦争における褒賞の内示を行った。


「ルクセンドルフ伯。貴殿は此度の功績により、侯爵に陞爵することとなった。すでに、アルデンホフ公爵家の継承が決まっておるが、これはルクセンドルフ家の爵位を陞爵させるという意味である」


一見、あまり意味のないように思われるが、アルデンホフ公爵の地位は、ルキナとの間に生まれた子に継承されるため、この褒賞はルクセンドルフ家を継承するエリザのお腹の中にいる子にとって、とてもありがたい話だった。


「謹んでお受けいたします」


ヒースは恭しく頭を下げて、この内示を承諾した。そして、この他にも主だった者たちへの褒賞の内示が伝えられて、ヒースはいよいよ帰国の途に就くのだった。

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