幕間 愚かな王は、真っ白に燃え尽きる(前編)

王都リンデンバーク——。


バルムーア王国が無条件降伏したことによって始まった町全体のお祭り騒ぎは、流石に半月も経てば収束していた。学院でも、いつものように授業が再開されて、生徒も一部の特殊な事情を抱える者たちを除いては、こうして出席しては勉学に励んでいた。


そして、その中に……エリザの姿があった。


「ねえ、エリザ。この後、カフェにでも行かない?」


「あ、ごめんなさい。今日この後、少し用事が……」


「あ、そう。それなら仕方ないわね。また誘うわ」


そうやって、ごく普通に級友であるマチルダと短い会話を交わして席を立つが、もちろんこのエリザは本物ではない。結婚式から始まる不在を誤魔化すために【陽炎衆】の女性が変化したもの……つまり、影武者だった。


そして、彼女は呼び出しを受けていたため、そのまま人気の少ない東屋に向かう。すると、そこには上司ともいえる男が椅子に腰を掛けて待ち構えていた。


「待たせたわね。それで、何の用かしら?」


「実は、エリザ様を乱暴するために誘拐しようという企てがある」


「えっ!?」


彼女が驚き声を上げると、男は言う。今日、このままいつものルートで帰宅しようとすれば、何者かによって攫われて犯されてしまうと。


「冗談じゃないわ!わたし、荒事はからっきしよ!?それに……わ、わたし、まだ処女で……」


「わかっている。それに……おまえには好きな男がいて、だけど、告白する勇気がなくて、悶々と毎晩自分で慰めていることもな」


「なっ!?」


どうしてそんなことまで知っているんだと、彼女は顔を赤くして抗議するが、男は相手にせずに一つ作戦を提案した。それは……ここで、エリザの役を入れ替わるということだった。


「そ、それって……あんたがエリザ様に変化して下校すると?」


「俺なら荒事には強いからな」


「い、いや……そうじゃなくて……」


彼女は知っている。この男は確かに筋肉隆々で力もあり、荒事にも強い。しかし、無類の男色家であり、返り討ちにした後で好みのタイプであれば、おいしくいただいちゃうのではないかと想像した。


それゆえに、素直に提案を受け入れることができず、即答できなかった。しかし……


「それなら、君はその男たちに初めてを捧げると言うのだね?おそらくは、ムードなど欠片もない廃屋で、雌豚のように何人もの男に泣かされながら交わることになるが……本当にいいんだね?」


念を押すようにそう言われてしまえば、嫌も応もない。彼女は直ちに変化を解いて、エリザである証の髪飾りやブローチなどを男に手渡した。すると、男は【変化】のスキルを発動させて、その姿をエリザのものに変えた。


そして、「あとは任せろ」と言って、東屋を後にした。





事態が動いたのは、学院の正門を出て、ルクセンドルフ伯爵家の屋敷に向かう道を500メートルほど進んだところだった。いきなり、進路を塞ぐように馬車が飛び出してきて……車内から少年とその手下らしき男たちが姿を現した。


「エリザ・フォン・ロシェル嬢だな。国王陛下のお召しである。一緒に来てもらおうか」


そう告げる少年は、少し肥満気味で……男の興味をそそらなかったが……


(国王ハインリッヒか。確か、中々の美少年だと聞いていたな……)


心のうちでそう考えて、誘いに乗ることにした。形ばかりの抵抗は行ったが、少年の手下に手首を拘束されて、そのまま馬車へと乗り込む。


「ふふふ、そう怯えるな。陛下のお種をこれからその胎内に宿すのだ。女として、これ以上光栄なことは有るまい?」


小太りの少年は、周囲の手下どもらの会話から、ゲレオンというらしい。男はその言動から、「脳にウジでも湧いているのか」と心配になるが、そうしているうちに馬車は目的地に着いた。


(さて、精々ギリギリまで夢を見させてやるか……)


絶望に落ちた美少年を犯すのは、男にとっては至上の喜びであった。だから……


「ここはどこですか!?いったい、わたしをどうするつもりなの!?」


そのように、わざとうろたえたりもする。そうしていると、真打は姿を現した。


「エリザよ……。そのように怯えるではない。大丈夫だ。天井のシミを数えている間に、おまえが欲しがっていた赤ちゃんを……この俺が授けてやろうぞ」


国王ハインリッヒの演技がかったその仰々しい言葉に、男は我慢しきれずに噴き出しそうになった。一体、いつの時代のセリフだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る