第210話 悪人は、宮廷クーデターを起こす
リリスとネグロランド高原に行き、囮の城の建設を決めた後、ヒースはルクセンドルフ侯爵邸に戻って衣服を改めて、王宮に参内した。
「御一同、聞きましたよ。折角勇者を召喚したというのに、どこかに行ってしまったそうですねぇ」
そして、苦虫を嚙み潰したような表情で席に座っているリヒャルトらに、開口一番、ヒースはわざとらしくそう言った。バランド侯以下、バルムーアの残党は捕まえたものの、肝心かなめの勇者・義輝には逃げられたことは、【揚羽蝶】からの報告ですでに知っていた。
「アルデンホフ公……貴殿はやけに嬉しそうだな……」
「そんなことはありませんよ、ティルピッツ侯」
「ホントか?」
「ええ、もちろん」
しかし、そうは言いながらもヒースは訊ねる。大聖堂のある中州には2千を越える兵が居て、しかも外に繋がる橋は全てバルムーアの残党に爆破されて逃げ道はなかったはずなのに、どうやったらこんな間抜けな話になるのかと。
「あの場には、皆さんもおられたのですよね?それで……どうされます?」
「どうするとは?」
「責任は誰が取られるのかという話ですよ。もし、勇者が他国に召し抱えられるようなことになれば、我が国の安全保障上重大な問題になりかねないのでは?」
ゆえに、ヒースはこの場にいるリヒャルト、ローエンシュタイン公、ティルピッツ侯に問う。誰が辞めて事を収めるのかと。
「ヒース君……それはいくらなんでも、飛躍しすぎてはいないか?君はあの場にいなかったから知らなくても仕方ないかもしれないが……」
召喚された勇者は、いきなり天井を破壊して、見境なくその場にいた老人に斬りつける狂人だったとリヒャルトはヒースに説明した。しかも、一先ず身柄を押さえようとした兵士たちは、束になってかかっても瞬殺されて、その死傷者は千を越えたと……。
「そんな相手なんだよ。あの勇者ってヤツは……。僕たちにどうしろっていうんだい?君は……」
「だからワシはやめた方がいいと言ったじゃないか!それを今更泣き言を?今もこうしている間に、何も知らない市民が襲われて命を落とすかもしれないというのに……」
実の所、間抜けなほどに真っ直ぐな義輝の性格を考えれば、そのようなことにはならないとヒースは知っている。それに、すでに【揚羽蝶】がその動静を遠巻きで監視することに成功していた。
しかし、そのことは当然伝えない。ヒースは決意していたのだ。もうこの連中の時代を終わらせようと。だから……
「陛下。どうぞ、お入りください」
部屋の外に声を掛けて、この場に国王ハインリッヒを登場させた。そして、彼に決断の言葉を促す。すなわち、ここにいる3名を罷免するようにと。
「ば、馬鹿な!アルデンホフ公!貴様、何を言っておるかぁ!!」
激高したローエンシュタイン公は、当然だがヒースを怒鳴りつけた。だが、その声は届かない。ハインリッヒの隣には、ローザの影武者がついていて……耳元でヒースの言葉を認めるようにと囁いた。
「わかった。公の申す通りにしよう」
「ありがとうございます、陛下」
そして、難なくリヒャルトとローエンシュタイン公、ティルピッツ侯は王命により、その職を解任された。
「……別におかしな話ではないでしょう。あなた方は、勇者召喚という国家の命運を左右するプロジェクトに失敗したのだ。責任を取ることが筋というモノでしょう?」
ヒースは、なおも顔を赤くして睨みつけてくるローエンシュタイン公に告げる。これまでの友誼が全くなかったかのように、きわめて冷たく淡々と。
「し、しかし……僕たちが辞めて誰がこの国を……」
「ご懸念には及びません。摂政は、陛下の義兄にあたるこのワシが引き継ぎます。宰相は……そうですね、クライスラー侯。お願いできますかな?」
「承知しました。微力ではございますが、謹んで拝命いたします」
「なっ!マ、マルクス……貴様も裏切るのか!!」
「裏切るとは心外ですね。これは、ローエンシュタイン一族が生き延びるために必要なことでしょう」
だから、クライスラー侯は義父に向かって、安心して隠居すればよいと言い放った。無論、そのような詭弁に騙されるローエンシュタイン公ではない。すぐさま反論しようとするが……その様子を見て、ティルピッツ侯が突然笑い出した。
「ティルピッツ侯?」
「いやあ、これは見事にしてやられたな。ここまでされては、どう足搔いて喚いたところで、盤面はひっくり返らん。そう思わないかね?ローエンシュタイン公」
「そ、それは……」
既に王命も下ってしまったのだ。これを拒むのであれば、王位を簒奪する気概で謀反を起す必要がある。しかし、ヒースという実力者が王の側にいる以上、最早それが実現可能とは思えなかった。
そして、そのことに気づかされて肩を落とすローエンシュタイン公にティルピッツ侯は告げる。「自分はこの機に隠居する」と。
「だから、一緒に茶でも飲みながら、のんびりしようや」
その誘いの言葉に、ローエンシュタイン公はついに観念して……隠居を受け入れたのだった。
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