幕間 勇者義輝は、打倒久秀を決意し王都を旅立つ
事実上の宮廷クーデターによって、政権交代が行われたという知らせは、王宮に出入りしている商人たちの口から、「ここだけの話」という形で瞬く間に王都中に拡散した。
新摂政がまだ16歳という年齢に着目して不安の声を上げる者、先のバルムーア戦争で活躍したことを思い出して期待を寄せる者、誰がなっても自分たちには関係ないという者や早速取り入ろうと動き出す者まで……その反応は様々だ。
「なあ、アンタはどう思う?この国は良くなると思うかい?」
そして、その話題はオリヴィアが炊き出しをしているこの下町であっても無縁ではない。加えて言うならば、この地に逃げ込み、配給の列に並んでいる義輝も……。
「…………」
だが、この国に来たばかりの彼がこの質問に対して答えられるはずはなかった。ゆえに、悪気はないのだが、結果的に無視する形となった。そのため、質問した男は気を悪くして、それっきり義輝と関わろうとはしなかった。
(はあ……どうしたらよいものか……)
食べ物を受取り、ひとりぽつんと空いていた近くのベンチに座った義輝は、思案に暮れていた。それは当然、先程の男との仲直りをする話ではない。怨敵・松永久秀の手掛かりをつかむためには、どうすればよいのかということだった。
(この町に居るはずなんだ。余があの憎き男の顔を見間違えるはずはないのだ。……なのに、なぜ誰も知らないのだ?)
義輝がここに居る理由。それは、情報収集のために他ならない。そう……決してお腹が空いてしまって、食べ物のにおいに釣られたからではないのだ。武士は食わねど高楊枝である……たぶん。
「あら?またおひとりで考え事をされているのですか?」
「オリヴィア殿……」
「隣、もしよろしければ、少しいいですか?」
困っていることがあれば、何でも話を聞きますよといわんばかりに、オリヴィアはそう言いながらも、義輝の了解を得ずに座った。
「おい……余はまだ何も……」
「いいじゃないですか。困っているんですよね?顔にそう書いていますよ」
面白いことをいうなと思いながら、義輝は結局、彼女の同席を許すことにした。そして、悩み事を打ち明けた。但し、答えが聞けるとは期待せずに。
「全身を一瞬で焼いたり、地面とかを爆破するスキル?魔法?……ですか」
「今の久秀は、そのようなことができるようだ。もっとも、余もこの世界では離れた場所を斬るとかいう……信じられない技を使えるようになっているがな……」
召喚されて今日で3日目。義輝はここが日本ではないどころか、異世界であるという現実を受け入れていた。あの時放った一撃が自分の持ち技ではなかったことが、オリヴィアから教えてもらったこの世界の知識と共に、境遇を受け入れる素地となったのだ。
「それでどうだ?心当たりはないか?」
「そうねぇ……」
オリヴィアはそう呟いて、深く考え込む。ただそれは、相槌を打ったからではなくて、どこかで聞いたような気がして、心の中に引っ掛かりを覚えたからだ。
(突如、人を発火させる技と爆発魔法の様なスキルといえば、確かアルデンホフ公が……)
そして、彼女の思考は正解に向かって収束し始めた。但し、ヒースは義輝の言うような老人ではないため、伝えるべきかどうか悩みはした。何しろ、もし間違っていたら、彼の様子から大変なことになりかねないと考えたのだ。しかし、そうしていると……
「上様!」
突然大きな声が聞こえて、それから程なくして一人の壮年の男が駆け寄ってきた。
「ふ、藤孝か!その方、どうしてここに?」
細川藤孝——。彼は、御所が襲われた時、使いに出ていたため不在だった側近の一人だ。だから、当然義輝は驚いた。ここに現れる理由がわからないとして。
「実は、某も別口で召喚されたのですよ」
「なに?それは一体どういう……」
すると、藤孝は説明した。義輝を召喚した術者たちは、万が一失敗した時に備えて、別の場所でほぼ同時進行で儀式を行っていたと。
「ただ……某を召喚した者たちから上様の話を聞きまして、それでいてもたってもいられずに、こうしてお迎えに参上した次第です」
「おお……!そうであったか!!」
義輝は、こうした藤孝の説明に心を熱くして涙を流した。「まさに忠臣とはそなたのことをいうのだ」と称えて。
ゆえに、こうした話の流れの中で、オリヴィアは先程頭の中で導いた結論を義輝に伝えることができなかった。さらにいうと……彼は藤孝の誘いに乗って、これからこの町を旅立つと言ってきた。
「そうですか。とにかく、お仲間が見つかってよかったですね。どうか、お体を大切に」
「ありがとう。この御恩は、決して忘れはしないぞ。では……さらばだ。オリヴィア殿」
義輝はこうして、王都リンデンバークを旅立った。藤孝の話では、松永久秀はこの世界で大魔王となり、南西の果てにあるネグロランド高原に居るという。ゆえに、最終的にそこに向かうと決意して。
但し……突然現れた細川藤孝の正体も含めて、全てがヒースの罠であることは、いうまでもない。
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