第211話 悪人は、勇者の旅立ちを裏から支援する

夜——。


今日は木曜日で、本来であればアルデンホフ公爵邸に泊まる日だ。しかし、ヒースは予定を変更して、ルクセンドルフ侯爵邸に留まっていた。それは、【陽炎衆】の長であるシャッテンから報告を受けるためである。


「そうか……義輝は無事にこの王都を発ったか……」


「はい。騙されているとは露とも気づくことなく……」


そして、その報告にヒースはホッとしたように息を吐いた。オリヴィアの元にいた義輝を迎えに行った『細川藤孝』という男は、【陽炎衆】のアンゼルムという男が変装した、いわゆる『偽者』だ。


もちろん、バレないように本物の特徴をできるだけ詰め込ませたわけだが、それでも、もしかしたらバレるのではないかと、気が気でなかったのだった。


「それで、アンゼルムはどこまで行かせますか?」


「そうだな……できれば、国境を二つほど越えたあたりまでは行ってもらいたいが……」


そこで、盗賊に襲われて死んだことにして、義輝はその悲しみを胸に一人でネグロランド高原に向かう——。そうなるのがヒースにとっては理想的な結末であった。だが、そこまでたどり着くまでには、都合よく見積もっても2か月か、あるいは3か月はかかるだろう。当然、バレるリスクはその分高くはなる。


ゆえに、ヒースはシャッテンに告げる。変装したアンゼルムが同行するのは、一つ目の国境を越えたところまででよいと。


「よろしいので?」


「全てが露見して、戻ってこられるよりかはマシだろう。但し……代わりの手は用意するがな」


ヒースは次の手として、義輝が戻ってこないように彼を支援するための旅商人を用意するように、シャッテンに命じた。加えて言うならば、その先で行動を共にする冒険者も自然に合流できるように、旅先に配置するようにとも。


表向きは、勇者パーティの結成を支援しているように見えるが……


「監視役ですか……」


「そうだ。金に糸目は付けぬから、早急に手配しろ。あと、それらの者が義輝に合流する際のシナリオは、ここに記してあるからその通りにしろ」


「シナリオですか。それは用意が良いことで……」


まるで演劇のようだなと思いながら、シャッテンは台本のような指示書を受け取った。ヒースが言うには、これはアーベルが用意したという。


「これは……かなり出来が良いですね。この内容なら、高確率で騙されてくれるでしょう。……しかし、そうなるとこの台本に対応できる程度は、演劇力が必要になりますね……」


「無論、その辺も抜かりはない。演技指導をできる者をこうして用意したから連れて行くが良い。……おい、入れ」


「な……!」


ヒースの発した一言の後に、この場に現れた女性の顔を見て、シャッテンは驚き目を丸くした。彼女の名は、ディアナ。この国の誰もが憧れるスーパーアイドル様だ。


「摂政殿下……これはどういうことで……」


「能力には問題ないはずだ。スターナイト・シスターズの演技指導は、全て彼女が仕切っておる。役に立つはずだ」


「いや……そうではなくてですね……」


シャッテンはたまらずヒースに訊ねる。どうしてスーパーアイドルの彼女が外国で行う裏方とも言うべき今回の仕事に関わるのかと。


「だって、おかしいでしょ!あのスターナイト・シスターズのディアナですよ!?……訳を……せめて、訳を言ってくださいよ!」


「う……実はだな……」


すると、ヒースは事情を説明し出した。すなわち、「変な男に付きまとわれていたから、彼氏の振りをしているうちに自然の流れでそう言う関係になったら、孕ませちゃって、しかも新聞社に嗅ぎつけられた」と。


「殿下……」


「だって、こやつは『今日は安全日だから大丈夫♡』って言ったんだぞ!普通、信じるだろうが!!」


「奥様はご存じで?」


「……この国で起こっていることで、あやつが知らぬことなどあるはずがなかろう。さっきまできっちりお仕置きを受けてきたわ!」


そう言って、ヒースは変化を解いた。顔にはしっかりと青あざや引っ掻き傷が残っていた。シャッテンがドン引きするほどに。


「し、しかし……バレているのであれば、連れて行く必要はないのでは?その新聞社も潰したのでしょ?」


「まあな。だが……一度漏れた以上、またどこで誰に嗅ぎつけられるか知れたものではない。特に今は政権を掌握したばかりで、慎重に動かねばならぬ時期でもある。ゆえに、この機に乗じて他国に隠すのよ。それに、今回の件で役に立つのは間違いないからな」


だから、ヒースはディアナの今後のことを考えて頼み込んだ。加えて、出産して体調が回復するまでの間は、現地に留まらせて世話を見てもらいたいと。


「わかりました。そういうことでしたら、お受けしましょう。しかし……生まれた子は如何なさいますか?」


「そちらについても抜かりはない。ヒルデブラント伯爵家のハインツが受け入れてくれることになっておる。庶子という体裁を取ることにはなるが、ワシの目が黒いうちは粗略には扱わぬであろうよ」


「それはまた……お気の毒なことで……」


ハインツは言うまでもなく結婚したばかりである。それなのに、ヒースに関わったばかりに重荷をこうして背負わされていく。それを思うと、他人事ではあるが、本当に気の毒でしかなかった。

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