第46話 悪人は、初デートに遅刻する
「いきなり、何をするか!」
ヒースは咄嗟に殴りかかってきた腕を掴み、そのまま懐に入って男を背負い投げた。
「ぎゃっ!」
受け身を取ることができずに、思いっきり背中と腰を床に打ち付けた男は、短い悲鳴を上げた。だが、ヒースは手を緩めずにそのまま相手の首と腕を締め付けた。
「痛いっ!離してくれ!誰か、助けてくれ!!」
ミシミシと骨がきしむ音と激痛に耐えかねて、男はみっともなく声を張り上げた。すると、周辺の部屋から何事かと子供たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「おい、そこのおまえ!俺の弟に何をしてるか!」
その中の一人の男が慌てたように声を張り上げて、猛スピードで駆けつけてきた。ヒースは丁度良い頃合いだと考えて、拘束を解いてその兄だと名乗る男と対峙した。
「どういう理由で、弟に危害を加えたのか説明してもらおうか」
冷静そうに見えて、怒りは表情や態度に出ていた。ヒースはそれを見て「未熟者が」と内心では思ったが、それを置いておいて事情を説明した。即ち、突然殴りかかられてきたから、反撃したまでだと。
「本当か!?」
兄を名乗る男は、どうやら心当たりがあったのだろう。すぐさま倒れたままで呼吸を整えようとしていた弟に問い質した。弟は観念したように頷いて見せた。
「……すると、貴殿はルクセンドルフ伯爵閣下か?」
「ああ、そうだ。そういう貴殿は?」
「俺はエドヴィンで、そこにいる弟はウォルフだ。共に、ロシェル侯爵家の者だ」
エドヴィンはそう言って、自分たちの身分を明かした。そして、襲撃の理由は、従妹であるエリザの婚約者が本当に彼女に相応しいのか確かめるためだという、子供じみたものだと。
ヒースは、思わずため息をついた。
「……こう言っては何だが、これがロシェル侯爵家の流儀なのか?」
「信じてもらえないかもしれませんが、そんなことは決してありませんからね。こいつがエリザちゃんのことが好き過ぎて、勝手にやったことで……」
周囲にも聞こえるようにエドヴィンはあえて大きな声で言った。このままでは、侯爵家に関する変な噂が広まりかねないと考えてのことだ。だが、自分の初恋を大衆の前で暴露されたウォルフにとっては堪った話ではない。
「おい、兄貴!」
いくら何でも酷いじゃないかと、ウォルフは兄に抗議するが……
「いいから、おまえは黙っておれ!」
侯爵家の世子たる兄に言われて、それ以上のことは言えずに沈黙した。その上で、改めてエドヴィンはヒースに謝罪した。
「この度は、閣下に対して大変ご無礼をいたしました。弟に成り代わり、この通り謝りますので、どうかご寛恕のほどを……」
「わかった。貴殿の顔に免じてこの件は水に流そう。あと……いずれ親族になるのだから、これからは仲良くさせていただきたいものだ」
周囲がざわつく中、ヒースはエドヴィンと握手を交わして、さらにウォルフを立ち上がらせる。そして、意地悪く「試験の結果はどうだったか」と訊ねてみた。
「うう……彼女を……必ず幸せにしろよ!」
ウォルフはただその一言だけ残して、泣きながらこの場から走り去って言った。だが、その言葉からすると、どうやら合格のようだとヒースは理解した。
「あ……」
そのとき、ヒースは時計を見て気がついた。エリザとの約束の時間がもう間もなくだということに。
「エドヴィン殿。ワシはちとこの後用事があるので、そろそろお開きにしてもらいたいのだが……」
「ああ、これは申し訳ありませんでした。みんな!そういうことだから、これで解散してくれ!ホント、騒ぎを起こしてすまなかった!」
エドヴィンは皆にそう告げて、ようやく廊下の喧騒が解かれた。そして、ヒースはその足で部屋に駆け込み荷物と投げ入れると、そのまま元来た道を戻った。
「待たせたかな?」
心配そうに訊ねたヒースに、エリザは答える。「わたしも今来たところだから大丈夫です」と。実際には5分以上は過ぎていたのだが、彼女の優しい気遣いをヒースは嬉しく思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます