第47話 悪人は、パシリ3号をGETする
「それじゃ、また明日」
時刻は夕方6時半過ぎ。門限が迫る中でエリザに別れを告げて、ヒースは再び寮の部屋へと向かう。そして、今度は誰に妨害されるでもなく、部屋に無事に辿り着くことができた。
「ひっ!」
しかし、部屋に入るなり、小さな悲鳴が聞こえた。背丈はヒースと同じぐらいだが、余程美味いものを食べ続けてきたのだろう。お腹と顔を膨らませた男の子が青ざめてそこに立っていた。
「君は……同室の子か?」
「は、はい!クラネルト子爵家の次男、エミールと言います。高名なる閣下と同室になれたことを嬉しく思います!」
エミールという男の子は、そう言って必死にヒースの機嫌を損ねないように挨拶をするが、明らかに嬉しそうにはしていないのは丸わかりだ。
「あのな……さっきのアレは、ウォルフが攻撃してきたから反撃しただけだ。別にワシに危害を加えようと思っていないのであれば何もせんから、そんなにビビらなくてもいいぞ」
敢えてヒースは友好的に笑顔を浮かべて彼に優しく告げた。別に可哀想とかいう気持ちではなく、やり辛いなという想いを何とかしようとして。しかし、エミールは受け入れようとはしない。
「そ、そうはいってもですよ。閣下は侯爵家の世子であり、さらにすでに伯爵位をお持ちのお方です。一方のわたくしめは、しがない子爵家の部屋住みというわけで、先程の一件がなくても、身分的に開きがあります……」
そして、エミールは言う。この学院では、そういう爵位による身分の違いがあることも学ぶ場であると。だから、不快かもしれないが、ヒースにも受け入れてもらいたいと。
「なるほどな。さもなくば、実家に迷惑がかかるということか……」
「はい。兄もこの学院にいるのですが、ここも貴族社会であるから気を付けるようにと念を押されています。実際に、上位貴族の不興を買って、爵位を失った家もありますし……」
エミールは悔しそうにそう言った。だが、生まれ持った境遇は如何ともしがたく、甘んじるしかないと。こうなると、ヒースはどうしようもない。だから、彼の言うとおりにすることに決めた。
「わかった。それなら、おまえ。今日からワシのパシリ3号な」
「パ、パシリですか?」
「ああ、そうだ。そういうことだから、そこの荷物、片付けておいてくれるかな?ワシはこれから飯でも食ってくるからさ」
「そ、それは……」
見ると、ヒースの部屋にはまだ荷解きしていない荷物が何個もあった。それらを全て開梱し、整理するならば、今晩は食事を抜かなければならなくなる。何しろ、食堂は夜8時までしか開いていないからだ。
「あの……食事の後でも構わないでしょうか?」
縋るようにエミールは言った。だが、ヒースはこれを許さない。
「おまえは、ワシの命令に早速背くのか?飯ぐらいなんだ。家が改易になるのと、一食抜くのと、おまえはどっちが大切なんだ?」
それはもう、意地悪な物言いでヒースはエミールに言い放つ。すると、エミールは泣き出した。「ひどい、あんまりだ」と言いながら。
そんな彼の姿に、ヒースはため息をついた。
「あのな……覚悟もないのに、何で自分を売るような発言をするのだ。こちらはそんなこと要求していないというのがわからんのか。この馬鹿者が……」
確かにエミールの言うように、この学院は貴族社会の縮図であり、場合によっては上位貴族に無礼を働いたと言って父親が処罰されるということもあるだろう。だが、それはあくまでも法律に則って行われるモノだ。
出発前にテオが心配していたような、体に深刻な危害を加えたり、命を奪うようなことがない限りは、子供の喧嘩として処理されることになっている。そのこともこの国の法律では定められているのだ。
「だから、安心して勉学に勤しめ。そして、もし、そのことで恩を感じたのならば、いずれ返せるときに返してくれればよい」
だから、とりあえずこれから一緒に飯を食いに行こうとヒースは言った。
「はい……よろこんで!」
エミールは涙を拭って、「早く行くぞ」と催促するヒースの後を追うようにして部屋を出た。そして、心の中で誓った。この人に一生ついて行こうと。だが……
(まあ、これだけ感動的な言葉を聞かせれば、今後はワシの良い駒として働いてくれるだろう)
エミールが追う背中の主は、そんな彼の純粋な忠誠心を弄ぶかの如く邪な考えを抱いていた。パシリ3号ゲットだぜと、あくどい笑みを浮かべながら。
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