第48話 悪人は、入学初日からやらかす

「……であるからして、みなさんにはこれよりこの学院で5年間過ごしてもらうことになりますが……」


入寮から1週間後。ヒースは今、広い講堂で入学式に臨んでいた。学院長の話は長くてあくびが出てしまいそうになるが、それは他の同級生も同じようで、我慢している者、あるいは我慢しきれずにしてしまう者……チラッと周りを見れば、そんな光景が散見していた。


(それにしても……)


あまりにも暇なので、ヒースは考える。この講堂前に張り出されていたクラス分けの名簿のことを。


全部で4クラスあるが、それぞれ実家の爵位によって分けられていた。ヒースのいるA組は、王族・公爵・侯爵・伯爵の子弟によって編成されて、B組は子爵・男爵、C、D組はそれ以下の下級貴族や選考試験を合格した平民が所属するようになっている。そして……


「それでは、続きまして新入生を代表して、ルドルフ・フォン・ティルピッツ君」


「はい!」


元気よく舞台に上がる大きなお腹をした子供がいる。A組に公爵位以上の子弟がいないというわけでもないのに、新入生代表の任を担う彼は、明らかに外戚派のトップとして権力を振るう祖父の影響力であの場に立っていた。そんな彼を見てヒースは思う。


(はあ……もつかな……)


一応、宰相派に組み込まれてしまったヒースは、台上でスピーチをする豚とは敵対関係に当たることになるのだ。当然、嫌がらせもあるだろう。もちろん、やられっ放しになるつもりなどはないので、そうなるとテオが心配していたようにやり過ぎないかが心配になってくる。


(蓑虫踊りも、爆弾正も、毒もダメだったな。仕方ない。四十八手のみで対処しよう)


命を狙ってくるのならともかく、精々子供の嫌がらせなどたかが知れている。だから、「大人にならないとな」と、長いスピーチをいきなりかましてくる台上の豚に誓った。間違っても、焼き豚にしないようにと。


……とまあ、そんなこともあった入学式であったが、教室に入って3分、ヒースは速攻で誓いを破った。


「ああ?エリザを今晩夜伽によこせだと?貴様、ワシを舐めとんのか!?」


「ぎゃああああ!!!!!!!助けて!!誰かぁ!!!!!!」


先程まで威勢の良かったルドルフが蓑虫踊りで火達磨となっていた。尤も、これでもヒースとしては手加減していて、衣服のみを灰にするように調整していて肌は焼かれていないのだが、わずか10歳の男の子はパニックになり泣き叫んでいた。そして、周りの取り巻きたちも同様に……。


「おい!おまえら何を騒いで……って、ル、ルドルフ様!?これは一体……。い、いや、そんなことより早く消さないと!【ウォーター】!」


担任教師が詠唱呪文を唱えて、杖から大量の水を発射した。しかし、火は収まらない。


「こ、これはどういうことだ!?」


教師は慌てる。何度も何度も同じ呪文を唱えて必死で消火しようとした。だが、結果は変わらない。火は消える気配を見せずに、ルドルフの衣服を焼き続けていた。


「そんな……」


教師は自身の無力さに落胆して、杖を落とした。自分は目の前で焼かれている幼い教え子一人も助けることができない無能者だったのかと膝をついた。


「あの……ヒース様。もうその辺で……」


そんな教師を哀れに思ったのか、それともこれ以上騒ぎが大きくなることを懸念したのか。エリザがヒースの耳元で囁いた。そして、ヒースもこの辺が潮時と考えたのだろう。指を一度鳴らしてスキルを解除した。ルドルフを覆っていた炎は一瞬で鎮火した。


「ふむ……生焼けじゃな。これでは食べれんのぅ……」


何が起こったのか理解ができずに呆けているルドルフを見て、ヒースはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて、衣服が焼け落ちてむき出しとなった火傷一つないその腹を指でツンツンとつついた。


もちろん、冗談であったが、10歳の子に理解できるはずがなくその表情は真っ青になり、次の瞬間大泣きした。さらに言うと、周りの子らにも伝染して、外戚派のみならず味方であるはずの宰相派や中立派の子らも恐怖を覚えて、その多くが泣き出した。


「わぁっ!こら、泣くな!冗談じゃ、冗談に決まっておるじゃろうが!!」


ヒースは必死になって皆を宥めようとするが、「冗談で子どもを焼いて食べたいとかいう人がいるのかしら」と、エリザはそんな光景を見ながら心の中では思う。もちろん、できた妻になるために、これは余計なことだと考えて決して口にはしないが。そして、しばらくすると学院長を始め、複数の教師がやってきた。


「これは一体どういうことだ!?」


その声は、教頭先生のものだった。すると、その問いかけに、外戚派だけでなく宰相派も中立派も一致して、ヒースが起こした騒動だと口をそろえた。皮肉なことに、共通にして唯一無二の敵を持つことで、クラスは初日から団結したのだった。

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