第49話 悪人は、密かに助けられる

「なるほど……つまり、君は正当防衛を主張するのだね?」


ここは、学院の中心から少し離れた場所にある塔の最上階。お世話になった一部の者は知っているが、『生徒指導室』という名の牢屋だ。その中で、ヒースは学院長をはじめとする幾人かの教師に囲まれて、事の顛末を聴取されていた……のだが……


「君は子供かね。ルドルフ様がクラスメイトの緊張をほぐそうとなさった冗談を真に受けてあのような暴挙をするとは……」


「そうだぞ。このことを侯爵様がご存じになれば、ただでは済まされんぞ?」


「あの母親にしてこの子ありとはこういうことを言うんでしょうな。学院長、実に嘆かわしい限りですな!」


一方的に、ルドルフには非がないとして、ヒースの言葉には耳を貸さない。挙句の果てに、実家を改易させるべきだという者までいる始末だ。これでは公平な裁きは期待できない。


(まあ、ワシもちと頭に血が上ってやり過ぎたという思いはないわけではないが……ここまで滑稽なことをされると、納得できんのぉ……。大体、ワシ、子供だし)


そんな連中を見て、ヒースはいっそのことここに居る者たちを全員殺すかとも考えて、毒の準備に入る。誰にモノを言っているのか、死なないと理解できないのであれば、あの転生神殿に送ってやるのもやぶさかではないと。


だが、そんな中でただ一人、ヒースに助け舟を出す者がいた。学院長であるシンドラー教授だ。


「まあ、待ちなさい。おまえたちはどうやら、ティルピッツ侯爵閣下に近いようだな。だが、よく考えることだ。この子はロシェル侯爵閣下の姪婿になられる方でもあるのだぞ。やりすぎれば、どうなるか。田舎者ではないその方らがわからぬわけではあるまい?」


「それでは、学院長はどう処罰をなさると?」


ティルピッツ侯爵の令孫とか、そんな事情がなくてもやったことを考えれば、最低でもこの塔への数週間単位での謹慎、場合によっては貴族籍を剥奪して退学させたとしても不思議ではないことをヒースはやったのだ。


だから、教師たちは学院長がどう判断を下すのか注目した。しかし……


「そうだのぉ……子供の喧嘩なのだから、双方に騒ぎを起こしたことへの反省文を課すのが妥当だと思うが……?」


下された判決は、超大甘のものだった。


「それでは、侯爵閣下が納得されないでしょう!ルドルフ様は被害者ですよ?なぜ、反省文など……」


「そうですよ!ヒースは厳しく処断しないと、示しがつきません!どうか、ご再考を!!」


「担任だったシュリック先生は、ショックのあまり退職して田舎に帰ると言っておりますぞ。それを子供の喧嘩だなどと……到底納得できません!」


喧々諤々。教師たちは、当然、納得がいかずに声も上げた。そんな彼らを見て、学院長はため息を吐いて語り掛ける。


「おまえらは、ヒース君の言葉を聞いていたのか?ルドルフ君は冗談だと言うが、『夜伽に差し出せ』と言った相手は、ロシェル侯爵閣下の姪なのだぞ。……それ、本当に冗談で済まされる話なのか?」


「えぇ…と……」


学院長の言葉に、それまでヒースを断罪しようと躍起になっていた教師たちは黙り込んでしまった。冷静に考えてみると、今回の一件を宰相であるローエンシュタイン公爵閣下が知ることになれば、間違いなく怒るだろうと気がつく。


何せ、側近の姪を対立する外戚派の首魁たるティルピッツ侯爵の孫に黙って差し出せと言ったに等しいのだから。しかも、正妻でも人質でもなく、単なる性のはけ口として。


「つまりだ……この話は、子供同士の喧嘩としておかないと、我々もただでは済まないということだ」


学院長は最後にそう締めくくり、教師たちの口を封じた。そうでなければ、双方の派閥から睨まれて実家ごと潰されるのは自分たちになると。


そして、ヒースには「明後日までに反省文を書いて提出するように」と告げて、もう帰ってよいと言った。


「それでは、失礼します」


その急転直下で決まった大甘の決定に、もちろん異論などあるはずもなく、ヒースはさっさと部屋を後にして階段を下りて行った。そのあとを教師たちも続いていき、この部屋には最後、学院長のみが残った。


「これで……よろしかったですかな?」


誰もいなくなったはずの部屋なのに、学院長が言葉を投げかけると、何もなかったはずの壁から少女が現れた。エリザである。


「上出来ですわ。先生、ありがとうございました」


彼女はそう言って、彼が行っていた不正の証たる『裏帳簿』を返却した。それを受取りながら、学院長は言った。「旦那も恐ろしいが、嫁も恐ろしい」と。


だが、いつの間にか立ち去っていたのだろう。今度こそ返事はなかった。

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