第30話 悪人は、再会する
「……王弟殿下にはお初の御意を得ます。わたくしは、オットー・フォン・ルクセンドルフ伯爵が嫡子ヒース・フォン・ルクセンドルフと申します。以後お見知りおきを」
「…………」
応接室で完璧な挨拶を交わしたにもかかわらず、誰からも何も反応がない。ヒースは戸惑いを覚えるも、「面を上げよ」と言われないため、こうして頭を下げ続ける。
(おい、何とか言えよ!)
心の内では、目の前に座る王弟とやらを罵りながら。すると、その想いが伝わったのか、王弟殿下は慌ててヒースに声を掛けた。
「あ……ごめん、ごめん。まだ7歳というのにこんなに立派な挨拶をされたものだから、おじさん驚いてしまってね。こうなるとやはりそうなのか……」
ヒースの頭上で、リヒャルトはそう言った。但し、最後の方はなにやら呟くような小さな声だったため、上手く聞き取れなかったが。
「あっ!ごめんな。ほら、楽にしていいよ。それじゃあ、顔が見えないからね」
今度は慌てるようにして、リヒャルトは言った。ただ、その声からすると、偉ぶった感じはしなかった。ヒースはようやく顔を上げて正対した。
「初めまして、ヒース君。ボクは、リヒャルト・フォン・ロンバルドだ。君のお父さんとお母さんとは友達なんだ。だから、そんなに固くならなくてもいいよ。さあ、座って座って」
「はあ……それでは失礼します」
ヒースはリヒャルトの勧めに応じて、そのままソファーに座る。だが、すぐに気づく。この場にいるはずと父と母がいないことに。
「あの……父と母は?」
「ああ……少しの間席を外してもらったんだ。君と話がしたいと言ってね」
「わたしとですか?」
「そうだ。他ならぬ君とだ」
さっきまでの飄々とした雰囲気が嘘のように、リヒャルトは顔を引き締めてヒースに言った。
(もしや……自分が本当の父親とでも名乗るつもりだろうか?)
そんなことになったら、忽ち面倒ごとに巻き込まれるのは確実だろう。だから、そんな話ではないことを祈りながら、リヒャルトの反応を待った。すると、彼はなぜか頭を下げた。
「で、殿下?」
当然だが頭が真っ白になるヒース。これまで幾多の苦難や修羅場に遭遇しては乗り越えてきた彼であったが、意味が理解できずに固まってしまった。
「あ、あの……」
「……君には、ルキナのことで世話になった。本当に感謝している」
その名前に、どこか聞き覚えがあるような気がしたヒースであったが、やはりどういうことか理解が追い付かない。すると、顔を上げたリヒャルトは言った。「ロシェル司教から上がってきた提案は、君が考えたものだということは知っている」と。
「それにしても、見事な献策だった。流石は、あのベアトリスの息子というだけある」
リヒャルトはそう言って手放しでヒースを褒めたたえるが、ヒースはそれどころではない。
「あの……このことは、どこまで広がっているのでしょうか」
あの献策は、7歳の子ができるようなものでは当然ないのだ。もし、自分が権力者であれば、そのような『将来の災いの種』は、確実に始末するように手を打つだろう。だから、この返答次第では、急いで逃げなければならないかもしれない。しかし……
「その点については大丈夫だ。わたしも先日、ロシェルを昔のネタで脅迫することでようやく話を聞けたくらいだからね」
リヒャルトはそう答えて、ヒースの心配を取り除いてくれた。そして、この場に父も母もいないのは、彼らにも聞かせるべき話ではないと配慮してとのことだった。そのことに、ヒースは素直に感謝の言葉を述べた。ロシェルは……あとで【蓑虫踊り】をさせると心に決めて。
「……それでだ。実はと言うと、わたしが今日、ここに来たのも、そして、旧友に対して非情な手段を取ったことも含めてだ。全ては、君にお願いするべきことがあってのことでな……」
リヒャルトは、ここからが本題だとしてヒースに話を切り出した。ただ、その表情はどこか言い辛そうにしている。
「どうしたんですか?もしかして、その『お願い』というのは面倒ごとなのですか?」
リヒャルトは、静かに頷く。同時に背筋の辺りから嫌な予感がヒシヒシと感じ始めるヒース。逃げなければならないと、本能が警告を発していた。しかし、どうやらすでに手遅れの様だった。後ろからパタパタと足音が聞こえた。
「久しぶり!久秀!」
「なっ!?」
それは、自分より少しだけ背の高い女の子だった。だが、その姿には見覚えがあった。その上、前世の自分の諱を知っているとなれば、答えは一つしかない。
「も、もしかして……ルキナか?」
その瞬間、少女の顔は満面の笑みに変わった。
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