第252話 悪人は、賄賂を贈られて
平民の出であるヘレンをロマリア王室と養子縁組したうえで、ハインリッヒに嫁がせる——。
一見、実現不可能に思えるこのやり口だが、ヒースには高い確率で上手くいくだろうという目算があった。何しろ、コルネリアスは事実上クーデターの様な手段を取って王位を奪ったのだ。国内では未だ反発する勢力も燻っていると聞いている。つまり、足元が弱いのだ。
「ヤツにとって今必要なものは、強力な後ろ盾だ。此度の訪問もその一環であるから、きっと断りはせぬだろう」
そして、もしこの話が実現すれば、この上もない貸しをロンバルドに対してできるのだ。経済支援にしても軍事支援にしても容易に得られるカードを手にすることができ、コルネリアスはその力を背景に自身の権力基盤を固めていくだろう。
「しかし……流石に平民というのはいかがでしょう?かえって国内の反発を強める結果にはなりませんか?」
「そうだな……それも一理あるか。それなら、まずワシの息のかかった貴族の養子にしてから話を持って行くか」
具体的にヒースの頭の中には、ブレンツ子爵の顔が浮かんでいた。すでに愛妾であるマリカを押し付けているので、もう一人増えても何も問題はないだろうと考えて。
ただ、そんな思案をしていると、部屋の外から目通りを求める者がいるとの声が聞こえた。
「まあ……いずれにしても、すぐにという話ではないな。まずはオリヴィアのことを片付ける必要がある。今日の所はこの辺にしよう」
ヒースはそう言って話を打ち切り、それを合図にジャンヌは部屋から出て行った。そして、入れ違うようにして現れたのは……以前の夏休みで世話になったブレーデン伯爵だった。
「伯爵、久しいな。いつぞやは大変世話になったのう」
「いえ、殿下の御為とあらば、あれしきのことは何でもございませぬ」
「ほう……嬉しいことを言ってくれるな」
社交辞令をまずは述べて、ヒースはブレーデン伯爵を観察した。何しろ、あの夏休みでは世話になったものの、それ以降は左程交流を密にはしていなかったのだ。ゆえに、今日ここに来たのは、何か面倒ごとを頼みに来たのだと警戒する。
「あの……恐れながら……」
そして、それは予想通りで、ブレーデン伯爵は昨夜迎賓館で起こった出来事に口を挟み、ヒースに頼みごとをした。すなわち、自分の姪であるアルマを王妃にしたいので、協力してほしいと。
「アルマは、恐れながら陛下のご寵愛を得たようでして……わたしは叔父として、お二人の幸せのために殿下の御助力をお願いいたしたく……」
その上で、ブレーデン伯爵は一つの小箱をヒースの前に置き、蓋を開けて中身を披露した。
「真珠か……しかも、これはまた上質だな」
「はい。我が領は国内有数の産地でございまして、もし御助力を頂けるのであれば、毎年それと同じ品位の物を殿下に献上いたしたいと存じます」
「ほう……」
その真珠は、大きさといい輝きといいとても素晴らしく、市場に出れば、おそらくは100万Gは下らないであろう逸品であった。もちろん、だからといってこの程度の賄賂で傾いたりはしないが、ここまで必死になっている伯爵に、ヒースは興味を覚えた。
だから、多少話に付き合うことにした。
「なあ、伯爵。貴殿の姪は、確か男爵家の令嬢ではなかったか?身分から考えれば、流石に王妃というわけにはいかないのではないか?」
それは、先程までヘレンの境遇を巡ってジャンヌと話していたことの裏返しとなる質問だった。ゆえに、ヒースはこの男がどう答えるのか楽しみに待つ。しかし……
「そこは、殿下のお力をお借りしたく……。どうか、王室の慣例を改めて頂き、男爵家の令嬢であっても、王妃になれるようにしていただけないでしょうか」
「…………」
出てきた答えは、ヒースを失望させるには十分すぎる内容だった。それゆえに、目の前に置いてあった真珠が入った小箱をつき返して言う。
「あのな、伯爵。摂政だからといって、そんなにポンポン規則を変えられるわけじゃないんだよ?それができるなら、今この場で貴殿の領地をワシのモノにしておるわ!このたわけが!!」
「ひぃ!」
その剣幕に竦み上がり、ブレーデン伯爵は小さな悲鳴を上げた。そして、真珠が入った小箱の回収すらせずに、慌てるようにしてそのまま部屋から飛び出していく。
「おいおい……これしきの威嚇で逃げるなよ……」
そして、一人部屋に取り残されたヒースは、真珠を懐に入れながら、何処かに消えた伯爵にため息を吐く。話はこれからだというのにと半ば呆れて。
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