第251話 悪人は、後宮の内情を探る
(それにしても……)
王宮内にある摂政府に出仕して、いつものように執務席に座ったヒースは、昨夜の婚約破棄について考える。オリヴィアとハインリッヒとの間に、王子暗殺を巡る誤解が生じてあのような結末になったのは理解したが、問題は新たな登場者となったアルマ嬢だ。
「ヘレンは一体何をしているのか……」
何しろ、彼女がハインリッヒの寵愛を独占していれば、他の虫はたかっては来ないのだ。それなのに、現状はそのようにはなっていない。ゆえに、ヒースはため息をつきながらも、事情を知る者をこの場に呼ぶことにした。それは、リヒャルトの妻であるジャンヌだ。
「ジャンヌ殿。昨夜のことはすでに耳に入っていると思うが……少し聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
実の所、このジャンヌはいつの日かバルムーア王国を再興するために、独自の情報網を王宮内に張り巡らせていた。ゆえに、そのことを知るヒースは訊ねる。どうして、あのような場にアルマ嬢が居たのかと。
「ワシの知る限り、ハインリッヒのお気に入りはヘレンであったはずだ。もしかして、知らぬうちに寵愛を失ったのか?」
もし、そうであるならば、何らかの手を打つ必要性をヒースは感じていた。折角少しは真面な王となりつつあるのに、下手をすればまた阿呆に戻りかねず、国を預かる摂政としては無関心ではいられないのだ。
しかし、ジャンヌは首を振る。寵愛を失ったわけではないと。そして……
「実は……ヘレン様は、身籠られたらしく……」
「なんと……!」
予想だにしなかった答えを告げて、ヒースを驚かせた。医師の見立てでは、妊娠3カ月にもうすぐ差し掛かろうかという段階で、悪阻が酷いとも。
「そんなヘレン様を心配して、ハインリッヒ王は朝に夕にと見舞いに訪れているようです。ですので、寵愛が失われたということは決してあり得ません」
ジャンヌはそう言って、ヒースの懸念を払拭しようとした。優しく言葉をかけている場に居合わせた者も手の者にはいて、絶対に間違いはないと太鼓判を押して。
「しかし……それなら、どうして昨夜のような事態となる?ヘレンであれば、婚約破棄になるほど揉める前に諫めることもできたであろうに……」
「それは、流石に無理筋かと。先程も申し上げましたが、悪阻もひどい事ですし、万一ストレスで流れるようなことがあってはなりませぬから、周囲の者が情報を意図的に遮断しております。おそらく、ハインリッヒ王も相談はなされていないかと……」
「なるほど。そういう事情もあるということか。ただ……その上で気になるのは、あのアルマという女だ。あれは一体、どういう立ち位置なのか?」
「アルマ嬢の方は、親戚縁者の期待を背に王妃の座を狙っている節があります。但し、現時点でハインリッヒ王の方には、恋愛感情は皆無と言っていいでしょう。いい所、友人の一人という程度では?」
「しかし、昨夜の様子からはそうは見えなかったぞ。あの女は、本来王妃となるべき人が座る席で、コルネリアスと談笑に及んでいたのだ。少なからず、ハインリッヒにもその気があるのではないか?」
「手の者からの知らせでは、昨夜のことはアルマ嬢が提案したそうです。こうすれば、オリヴィア嬢が激高して自滅するだろうと。ハインリッヒ王は、それにただ乗っただけの様で……」
「すると……あの女は、かなり質の悪いということだな……」
ヒースは大きなため息と共に、そう言葉を吐きだして頭を押さえた。少なくとも、そのような女を王妃にするわけにはいかないと理解するとともに、代わりの王妃をこれから探さねばならぬことに。
「いっそのこと、ヘレンを王妃に就けるか?」
「怖れながら、お気持ちはわかりますが……身分が足りないかと」
「身分など、偽造でも何でもすればよかろう。実際に、ワシの正室は平民の出だ」
「へ……?」
思いもよらぬ言葉に、ジャンヌは言葉を失った。ヒースの正室は、ロシェル侯爵家の令嬢であり、その立ち居振る舞いはまさに貴婦人の鏡とも称えられる評価を得ていたからだ。
「そうだ。折角、コルネリアスも来ていることだし、ヤツにも一肌脱いでもらうか」
「あの……それは?」
何か得体のしれない答えが飛び出してくるような気がしつつも、訊かずにはいられず……ジャンヌは恐る恐るヒースにその答えを求めた。すると……
「決まっておろう。ヤツの父親は幽閉されてはいるが、まだ生きているからな。養女にしてもらい、かの国の王女としてハインリッヒに嫁がせるのよ」
やっぱりというか、とんでもないことをヒースは言い出して、ジャンヌを困惑させるのだった。
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