第240話 悪人は、新領主の裁きに立ち会う

「しかし……よかったのですか?」


夜——。領主館の前にある広場で、アーベルはヒースに問いかけた。それは、昼間に下した温情的な裁きについてだ。


「ここでルドルフ先輩……というよりも、ティルピッツ侯爵家の頭を押さえることができれば、お義兄さまのこの国における覇権は揺るぎないものになります。今更言っても仕方がないかもしれませんが……」


もっとやり様があったのではないかとアーベルは続けた。そう……例えば、本当に改易して領主の首を挿げ替えるとか、あるいは他の一族の者に分割して影響力を弱めるという方法もあるのではないかと。


「つまり、おまえはルドルフが将来ワシにとって災いの種になりかねないと心配しておるのだな?」


「はい。先輩は、お義兄さまの思惑を見抜いたうえで手を取らなかった……。このまま勢力を残して放置するのは、些か危険かと考えます」


ゆえに、アーベルは言う。今回は上手く行かなかったが、すぐにでも次の手を打った方がいいと。しかし、ヒースは首をタテには振らなかった。


「心配はあるまい。ルドルフはワシを裏切らぬよ。恩を与えたからな」


「恩?それは、今回の温情判決のことですか?」


「それもあるが……何よりも、カリンの治癒魔法で切断した指が元通りになったのだ。生真面目なヤツは、この一件だけでも恩を深く感じるはずだ」


アンダーソンに切断された左手の小指は、駆けつけたカリンの秘術によって完全に元の通りに引っ付き、今では動くほどまで回復していた。もちろん、人によっては「そんなの関係ねぇ」という者もいるかもしれないが、ルドルフは違うと……裏切りのプロとしてヒースは断じていた。


「そこまでおっしゃられるのであれば、何も言えませんが……」


「そう心配するな。それで、もし裏切られたとしてもだ。要は勝てばよいのだ。もちろん、侮ってはいないが……ワシが負けると思うか?」


そう言って笑うヒースに、アーベルは「ずるい」と素直に思う。こう言われてしまえば、それ以上の言葉を続けることはできない。ゆえに、大人しくこの場は引き下がった。


そうしていると、本日の主役の二人が姿を現した。ゲドーとアンダーソンだ。


「ち、父上!ワシは、この奸臣に騙されただけです!本当は何も知らないんです!!」


「何をおっしゃいますか!全てはあなたが考えて命じたことでしょうが!わたしは反対しましたよ。それなのに、無理やり巻き込んで!!」


松明が辺りを照らす中、中央に引っ立てられたゲドーとアンダーソンは、この場にウィルバルトがいることを確認して、せめて自分だけでも助かろうとわめきたてた。もちろん、誰の心も動かすことはできない。


「……見苦しいですね」


「そうだな。つい、奴らの体に火をつけたくなるな」


そうすれば、面白おかしく踊り狂って、このバカンス休暇のフィナーレを楽しませてくれるだろうとヒースは笑った。しかし、そうは言いつつも、【蓑虫踊り】は発動しない。自分の暗殺未遂事件を不問に付した以上、裁く権利がないということもあるが……


「ゲドー・チャールストン、並びにケムナ・アンダーソン。両名前へ!」


この場は領主であるルドルフの権威を示す見せ場である。騒いでいた二人は屈強の兵士に押し出されるようにして、彼の面前に跪かされた。


「な、なあ、ルドルフ。ワシはそなたの叔父だぞ?そこの所をよく思い出してだなあ……」


「黙れ、下郎!!」


「ひっ!?」


鬼の形相で怒鳴りつけたルドルフは、その上でゲドーに告げた。「すでにおまえは、ティルピッツ家から追放された」と。「チャールストン」という姓は、罪を得て平民に落された侯爵家の血縁者が名乗らされる姓であった。


「裁きを言い渡す。両名は死罪。刑は『火炙り』とする!」


唖然とする二人の口から「火炙り……」という言葉が零れて、同時に顔を青くした。ゲドーは、「せめて毒酒による自裁を認めて欲しい」と父親であるウィルバルトにルドルフへの執り成しを求めたが、根回し済みなのだろう。助けの手は差し伸べられなかった。


「刑の執行は、明朝10時に中央広場で執り行う。また、両名の妻子についても罪を問い、同時刻、同場所で全員斬首刑に処す!」


「ま、待ってくれ!家族は関係ないでしょう!!助けてくださいよ!!」


「そうだ!父上にとっても孫ですよ!どうか……お慈悲を!!」


兵士に引っ立てられて退場する刹那、二人は何度もまた慈悲を求めて声を上げた。誰でもいい。せめて、家族の命は助けて欲しいと。しかし、謀反を起しておいて、そのような身勝手な懇願は通じるはずもない。


結局、誰からも救いの手が差し伸べられることはないまま、刑は予定通りに執行されたのだった。

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