第239話 悪人は、裁きを言い渡す
「おい、入るぞ」
了解を得る前にヒースはガチャリとドアを開けて部屋に入ると、机に向かって書類を確認しているルドルフの姿がそこにあった。解放されてからは、先代侯爵であるウィルバルトが職務を代行していたのだが、今はこうして無理しない程度に領主としての仕事をこなしている。
「明日発つんだってな」
そして、声の特徴から入ってきたのがヒースだと確信しているルドルフは、特に無礼を咎め立てすることなく、手にしていた書類の末尾にサインを記すと、顔を上げてそう確認した。
「そうだ。どうやら王都の方でケリがついたみたいだからな。バカンスも今日でお終いというわけだ」
「それはまた……」
暗殺未遂事件があってから今日で2週間が経つ。その間ヒースは、ウィルバルトと協力してこの侯爵領に巣食う不穏分子を徹底的に潰してきたのだ。その一連の対応を「バカンス」と表現されて、ルドルフは苦笑した。
ただ、明日で帰るとなれば、この先出立までの間にゆっくりと時間が取れるとは限らない。ゆえに、ルドルフはまずヒースに頭を下げた。
「お、おい、どういうつもりだ?」
「手間をかけてすまなかった。この上は、いかなる処分も受けるつもりだ。だから……」
ルドルフは続ける。せめて、妻ユリアと娘エミリーの身が立つように取り図って欲しいと。
「ルドルフ……」
「わかっている。虫のいいことを言っているのはな。だが、俺にできることは、おまえとの友情に縋り、頭を下げる位しかないんだ。だから、頼む!」
そのうえで、「このとおりだ」とルドルフはさらに深く頭を下げて、ヒースを困らせた。何しろ、処分するなどとは誰も言っていないのだ。
「あのな、ルドルフ。何をどう勘違いしているのか知らんが……」
「王都でストロー伯爵がクーデターを起こそうとしたのだろう?そのきっかけがうちにあるのだから、無関係というわけにはいかないよな?」
「いや、無関係だろう。王都のクーデターは、ストロー伯爵が単独で行ったことだとすでに処理がされておる。ティルピッツ家との関係を示す証拠は何も見つからなかったのだからな」
実際に、ヒースがわざと送ったゲドーの手紙は、手の者にもみ消させるまでもなく、見つかってはいない。クリスティーナからの手紙には、「おそらく伯爵自らが燃やしたのだろう」と記されていたが、結果としてはこれでめでたしだ。
だが、ルドルフはなおも納得しなかった。今度は、ヒースの暗殺未遂事件を持ち出して、処罰が必要だろうという主張を繰り返した。
「この領内で起こった不祥事は、全て領主たる俺の責任だ。しかも、現職の摂政殿下を暗殺しようという事件を引き起こした今、お咎めなしというのはまずいだろ?」
「全然まずくないだろ。この話は、この領の外に漏れていないし、全てを知るこのワシがなかったことにすると言っておるのだ。それでいいだろ!」
「よくないよ!それでは、この先ずっとおまえに頭を押さえられることになる。それを狙ってそんな恩情を示しているのかもしれないが……対等じゃなくなる位なら、いっそのこと改易でも死刑にしてもらっても構わないと思っている」
感情が高ぶったのだろう。一番最初に家族の保護を求めたことと矛盾が生じていることにルドルフは気づいていなかった。改易は兎も角、もし摂政暗殺未遂事件を公にして死刑となれば、家族の助命は認めるわけにはいかないのだから。
しかし、いずれにしても、このままだとルドルフは納得しないとヒースは判断した。最悪の場合は、自ら王都に出頭して裁きを求めるかもしれないと。
(むむむ……さて、どうしたものか……)
本心で言えば、ルドルフが見抜いた通り、この一件で明確に従わせるつもりであったのだ。ゆえに、自分の計画を断念するか、このまま放置して成り行きに任せるのか、ヒースは考える。そして……
「わかった。そこまでいうのであれば、摂政として裁きを下そう。……ルドルフ・フォン・ティルピッツ!」
「はっ!」
「摂政として、貴殿に一連の騒動に対する処罰を言い渡す。それは……今回の罪を誰にも告げることなく、一生背負い続けることだ。よいな?」
「え……?」
意味が咄嗟に理解できずに、ルドルフは困惑したように顔を上げた。すると、ヒースは言う。「絶対誰にも言うなよ」と。
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