幕間 政敵は、意気揚々と政権奪取を目指すも……
ゲドーから届いたその手紙には、はっきりと摂政たるヒースの殺害に成功したと書かれていた。
「正直、あまり期待はしていなかったが……やるではないか。あの出来損ないも」
手紙をそのまま蝋燭に近づけて燃やしながら、ストロー伯爵は口角をあげてニヤリと笑みを浮かべた。共に記されていた「手を組みたい」という文字は見なかったことにして、邪魔者が消えたことのみを喜んで。
ただ……一通り喜んだところで気づく。今、自分にとって、一生で一度あるかないかという位のチャンスが到来していることを。
「この王都で今、クーデターを起こせば……」
一番厄介な男が死んだとはいえ、宰相のクライスラー侯爵や財務大臣のバーデン侯爵などの『旧宰相派』に属していた連中は、未だこの王都で健在ではある。加えていうならば、内務大臣という一閣僚にしか過ぎないストロー伯爵よりも、政府内での発言力はこの二人の方がはるかに大きい。
しかし、ヒースが1万の兵を連れて行っている現時点で、彼らが自由にできる兵力は、左程多いわけではない。おそらく数千が関の山だ。一方自分は、憲兵隊と警察を麾下に持ち、王都防衛軍のトップは義弟であるのだ。合わせた兵力は、3万人は下らないだろう。
(やるか……!)
やがて、この王都にヒースの死が伝われば、クライスラー侯爵らは権力を維持するために手を打ってくるだろう。その中には、クーデターや反乱を防ぐために自分たちが自由にできる兵力を増員するかもしれない。
そのことを考えれば、何も知らずに無防備に過ごしている今であれば、政権を武力で奪取することは容易であると判断して、ストロー伯爵は決意を固めた。しかし……
「なに!?憲兵隊も警察も集まらないだと!」
「はい……実は、王都を仕切る三大ヤクザが突然抗争を始めまして……」
いざ、計画を打ち明けた憲兵総監は、非常に申し訳なさそうにそう答えた。この数日、王都の至る所で衝突や小競り合いが起きていて、警察だけでは対応しきれないため、憲兵隊も総動員していると。それは供にいる警察総監も同意見のようだった。
「一体どうしてそのようなことになるのだ!」
「原因はわかりません。何しろ、どの組織も我々の呼びかけに応じる気配がないのです」
ゆえに、とにかく現場は混乱しているから余剰兵力はないとその憲兵総監も警察総監も、口をそろえてストロー伯爵に告げた。二人とも今の政府に不満はあるが、この状況ではなにもできないと言って。
だが、物事にはタイミングというものがある。ストロー伯爵が政権を奪うことができるのは、今この時を置いて他にはなく、次の機会を待つという選択はあり得なかった。それゆえに、彼はどうしても諦めきれない。
「王都防衛軍を回す。それなら、やくざ者がいくら騒ごうとしても問題はあるまい?」
「い、いや、大有りでしょ!閣下は市内に血の雨を降らすつもりですか!」
安易な解決策を示したストロー伯爵に、警察総監は反論した。いくらやくざ者が厄介な存在だとはいえ、その装備は正規軍には及ばない。戦えば、一方的なものとなって、多くの犠牲者が出るだろうと。
そして、二人は何とか思い止まらせようとした。今回は諦めて、治安の回復を第一優先とした方が良いと。しかし、それでもストロー伯爵は止まらない。
「とにかく、これは決定事項だ!異論は認めん!!」
バンっ!と机を叩いて、威圧するように命じたストロー伯爵だが……ほぼ同時に、義弟でもあり、防衛軍の司令官でもあるアスマン将軍が前触れもなくこの部屋に姿を現した。
「おお、将軍。実はだな……」
無礼を咎めるでもなく、とにかく目の前で反対ばかりを述べる二人では話にならないと考えて、ストロー伯爵は直接協力を求めようと一歩、二歩とアスマンに歩み寄ろうとした。だが、それよりも先に、その背後から複数の兵士が現れて、その身柄を拘束した。
「な、何をするか!アスマン、これはどういうことか!」
「どういうことも何もないでしょう。謀反の現行犯ですから、拘束しただけで」
そう言いながら、アスマンは今までの会話を全て扉越しに聞いていたことを明かした。そして見れば、憲兵総監も警察総監も共に取り押さえられていた。彼らも共犯者であると断じられたのだ。
「おまえ……裏切るのか?」
「裏切るとは人聞きの悪いことを。わたしは、この国の軍人としての任務を果たしているだけに過ぎません」
そのうえで彼は告げる。例え妻の兄であっても、悪事は見逃すことはできないと。
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