第241話 悪人は、女傑に謀られて「借り」を増やす
「折角のバカンスだったのに、うちの弟が台無しにしちゃったみたいね」
「ごめんなさいね」と口では謝りながらも、クリスティーナは全然悪びれた様子を見せずにヒースと相対していた。それを補って余りある「貸し」を作っているのだから、当然と言えば当然である。
そして、そのことをヒースはよく理解していた。それゆえに、「そのことは気にしなくてもいい」と言ってから、今回の活躍に対する礼を述べた。「色々世話になった」と。
「それで、どうするつもり?ストロー伯爵とその一派は、全員閉じ込めているけど……」
そのうえで、クリスティーナは訊ねる。どうこの連中を裁くのかと。
「その様子だと、全員死刑に処すのは反対か?」
「反対とまでは言わないけど、一応長い事うちのために尽くしてくれた人たちだからね。平和的に収めてくれるのであれば、わたしとしては嬉しいわ」
「だが、謀反だぞ。許しては示しがつかんだろ」
「でも、計画の段階で抑えたから、ヒース君とわたし、それに捕まったストロー伯爵たちが口を噤めば、周りに知られることはないわ」
そして、その程度のことを支持したヒースが知らぬとは思えないから、最終的には許して従わせることが目的だったのではないかとクリスティーナは指摘した。「それなら、もう回りくどい話はやめましょう」と付け足して。
「あはは!流石はクリスティーナというところだな。あわよくば、借りを一つ相殺しようと思っていたのだが……よくぞ、ワシの心の内を見抜いてくれたな」
だが、それなら話は早いと言って、ヒースはクリスティーナに相談する。ここからどういう方法でストロー伯爵を従わせるのかと。
「事を起こした以上は、失敗した時の『死』は覚悟済みだろう。そうなると、ただ『命を助ける』ということではだめだな」
前世の経験から、「憎い相手にそのような情けをかけられる位なら、死んだ方がマシだ」と思っていたなと思い出して、ひと手間をかけなければいけないとヒースは言った。すると、透かさずクリスティーナは提案する。一度、腹を割って話し合ってみてはどうかと。
「ストロー伯爵の不満は、ヒース君に頼りにされていないこと。うちの父親たちから半ばクーデターで政権を奪ったことも不満には感じているようだけど、寧ろそっちの方が今は強いといったところね」
「別に頼りにしていないわけじゃないぞ。伯爵の手腕を認めているからこそ、ワシに不満を抱いているのは承知の上で内務大臣に任命したのだし……」
「ただ……そこも含めてだけど、不安を感じているんじゃないかな。普通は、自分に対してあからさまに不満を抱いている人を要職に据えないでしょ?」
「なるほど……つまり、裏があると勝手に邪推したわけか」
仮に立場を変えて考えれば、自分なら「言い逃れのできない失敗をさせてから、粛清するつもりか」と疑うだろうなと、ヒースは冗談めかしく笑った。但し、当事者であれば笑い事では済まされないことも理解して。
「とにかく、その誤解を解くためにも話し合った方がいいというのだな?」
「ええ、そうね。ストロー伯爵は、ヒース君にとって使えるのでしょ?」
「ああ。旧外戚派の中で、一番初めに注目した男だ。ひと癖ある男だが、その能力は確かだ。ワシの力になってくれるのなら、これほど頼もしいことはないな」
「だったら、今言った言葉をそのまま伝えることをお勧めするわ。きっと、心に響くと思うから」
クリスティーナはそう言って、手を二度叩いた。すると、扉が開かれて……そこには閉じ込められていたはずのストロー伯爵が立っていた。
「クリスティーナ……さては、謀ったな!」
「おほほほ!その顔よ、その顔!一度見たかったのよね。ヒース君って、いつも世の中は自分の思い通りになっていると思っているようだから!」
しかし、高笑いするクリスティーナとは異なり、部屋に入ってきたストロー伯爵は、何とも言えないような表情でヒースを見た。
「あの……摂政殿下。ワシはなんと言ったらよいか……」
バツの悪そうに声を絞り出したストロー伯爵。その伯爵にヒースに一言訊ねた。「今までの話を聞いていたのか」と。
「はい……」
「それならば、どう思われたか。謀反のことをなかったことにすれば、今後はワシに力を貸してくれるつもりはあるのか?」
もし、それでもまだ蟠りが解消できていないのなら、ヒースは彼の気持ちが変わるまで待つつもりでいた。もちろん、一旦は大臣の職から離れてもらうが、いずれは復帰させることを前提にして。
しかし、その配慮は不要だった。ストロー伯爵はその場で跪いて、誓った。「本心を知ることができた以上、最早悩むことなく尽くさせていただく」と。
「ふふふ、よかったわね。でも、謀反を防いだことと合わせて、これで貸しは二つ。忘れないでね?」
そして、そんな目的を果たしたヒースにクリスティーナは忘れずに告げる。どうやら、タダではなかったことに気づき、苦笑いを浮かべたのだった。
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