第253話 悪人は、友の何度目の「一生の願い」を聞く
「ヒース!一生の頼みがある!!」
朝のルクセンドルフ侯爵邸。これから王宮に出立しようとしていたヒースの元に駆け寄って、いきなりそう声を張り上げたのはルドルフだった。
「朝っぱらから何だいきなり。妹との最後の別れに格別な配慮をしてやったというのに、まだワシに頼み事か?」
寝不足からなのか、それともオリヴィアに釣られて泣いたのかは不明だが、その目は赤く不気味なルドルフに、「これで一体何個目の貸しになるのか」とか、「返す気あるのか」などと、ヒースはからかうように嫌味を言った。
しかし、今のルドルフは止まらない。何しろ、このままでは妹の運命は悲惨なものになるのだ。高い確率で死刑であり、よくても国外追放か修道院送りといったところだ。
(約束したんだ。必ず助けるって!)
だから、兄としてやれることをする。つまり……土下座だ。
「ああ、そうだ。この際、恥を忍んででもおまえの力に縋るしかないからな。領地だって爵位だって全部返しても構わない。だから……」
「妹を助けろって言うんだろ?まあ……『お兄ちゃんが必ず守ってやる』だったか?あれだけ聞いているワシらも恥ずかしいセリフを吐いた以上は仕方ないな」
そう言いながら、クツクツ笑うヒースは、「え?見てたの?」と顔を真っ赤にして驚くルドルフに種明かしをする。流石に罪人として幽閉されている者との面会に、立ち会わぬわけにはいかないと。
「ひでぇな……。そういうことなら、初めから言ってくれよ……」
もう土下座はよいと、ヒースに手を取られて立ち上がりながら、ルドルフは力が抜けたように文句を言った。
「あははは!まあ、そういうなよ。そんなことよりもだ。実はこうなることを見越して、おまえに会ってもらいたいお方をここに招いている。先程の願いをかなえてやる代わりに、会ってくれないか?」
「え……?それは別に構わないが……その『お方』って、一体どういう人なんだ?」
「ん?そうだなぁ……この状況下であっても、おまえの妹を是非嫁に貰いたいというとても奇特なお方だ」
「なっ!?」
「コルネリアス殿……どうぞ、入ってくれ」
いきなりオリヴィアを嫁に貰いたい者だと言われて、ルドルフは驚いて、一体どういうことなのかとヒースに説明を求めようとするが、それよりも先にその人物が部屋に入ってきた。
「ルドルフ様。お初にお目にかかります。わたくしは、ロマリアのコルネリアスと申します。年齢は22歳で、職業は王様をやっています。あなたの妹君に惚れました。是非、我が妻に迎えることをお許しいただけないでしょうか?」
「な……な……!」
「ん?どうした、ルドルフ。口をパクパクさせて。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ?それとも、水でも飲むか?」
またからかうように言い放ち、ヒースがコップに水を入れて差し出すと、ルドルフはそれを一気に飲み干した。だが、目の前の人物を前にして、上手く喉に通らなかったのだろう。今度はゴホゴホと咳き込んだ。
「おいおい、大丈夫か?まあ、驚くのも無理はないが……」
「おい、ヒース!なんで、ここにロマリア王がいるんだよ!」
「ん?だから言っただろう?おまえの妹をコルネリアス陛下は妃に迎えたいと」
「はあ!?」
朝っぱらから何の冗談だとルドルフは思わず声を上げた。しかし、そんな彼の前で今度はコルネリアスが語る。昨夜の兄妹愛は本当に美しかったと。
「あの……陛下もあれを見られていたのですか?」
「ええ、オリヴィア嬢のお姿をもう一度よく見たいと思い、アルデンホフ公に無理を言いました。ただ……今は無理を言ってよかったと思います」
コルネリアスはそう言って、あのような美しくかつ聡明な妻を得るだけでなく、このように頼りになる義兄を得ることができて光栄だとルドルフに告げる。そして、ここまで言われてしまえば、最早断るという選択は見当たらない。
「どうか……妹を頼みます」
ルドルフは、自然と頭を下げてこの目の前の男に妹を託すことにした。今となっては、それが妹にとって唯一の救いの道ということもあるが、きっとこの男ならば、幸せにしてくれると見込んで。
そして、この段取りをしてくれた友にも礼を言う。
「ヒース。この恩は決して忘れない。ありがとう」
「おまえ……それ何度目だ?忘れないというが、これまで返してもらったことってないよな?」
ゆえに、「本当は、人から受けた恩義など、鶏のように三歩歩けば忘れるんだろ?」と、ヒースはルドルフをからかう。さらに、それを聞いたコルネリアスも噴き出して、三人は朝からと共に大笑いをしたのだった。
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