幕間 囚われの姫君は、兄の優しさに触れる

(ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう……)


幽閉されている塔は高く、窓からは王都の夜景が一望できる。それはとても美しいのだが、オリヴィアの心を慰めるには力不足だった。現にこうして、外を眺めているにもかかわらず、後悔の念ばかりが脳裏を支配していた。


『だから、何度も言ったでしょ!碌なことにならないから、やめときなさいって!』


それは、親友ともいえるクラウディアの言葉だ。彼女は兵士たちによって塔に連行される刹那、そう叫んでいた。そして、実際にあのホールに乗り込む直前にも、必死になって止めようとしてくれていた。


(もし、あのとき彼女の言葉に従っていたら……)


果たして結果は変わっていたのか。いや、変らなかったとオリヴィアは思っていた。こうなる日が早いか遅いかの違いがあるだけで、きっと同じ結末になっていただろうと。


(それなら、どこで間違えたのだろう?)


一昨年、ハインリッヒから王子の身の上に関する相談を受けたときに、もっと慎重に考えれば良かったのだろうか?それとも、あの女を仲間に加えなければよかったのだろうか?それとも……


色々な事柄が頭の中を駆け巡り、その都度消耗していくのをオリヴィアは感じていた。もちろん、例え答えを見つけたとしても、今更どうにかなるわけではないことはわかっている。だが、それでも……彼女は出口のない真っ暗な迷路を進むのだった。


「オリヴィア……」


しかし、そんな彼女の元に、その日変化が訪れる。


「兄さん?どうしてここに……?」


厳重に閉ざされていたはずの扉が開かれて、今やティルピッツ侯爵家の当主となったルドルフが入ってきた。彼が言うには、友人である摂政の計らいということらしい。


「まあ……また貸しが一つできたが、今更だな」


励まそうとしているのか、それとも単に自虐的にそう思ったのかは不明だが、ルドルフは務めた明るく笑って、笑顔をオリヴィアに見せた。


最も、だからと言ってオリヴィアの方は素直になれない。


「……なによ。散々忠告を無視した挙句、こんな『ざまあ』な状態になったわたしを笑いに来たの?だったら、お生憎様。わたしは、こんな事くらいではめげたりしないわ!」


つい先ほどまで弱気になっていたことを置いておいて、オリヴィアは兄に強気で応えた。ゆえに、何も心配せずに領地に帰れと言わんばかりに。


「まあ、そういうなよ。こうしてゆっくり話すのは久しぶりなんだからさ」


しかし、ルドルフの方もこれしきの事では動じたりはせず、挙句の果てに、カバンから酒瓶とグラスを二つ取り出して中にワインを注ぐと、その片方をオリヴィアに手渡した。


「え……?わたし、未成年だけど……?」


「あははは、これ以上にないやらかしをやっておいて、何を今更いい子ちゃんぶるのかな?下手をすれば、明日の裁判で即日処刑されるかもしれないんだ。構わないから飲めよ」


そう言いながら、手本と言わんばかりにまずルドルフが器の中のワインを一気に飲み干して見せた。


「ぷはー!美味いわ!ヒースの奴、気を利かせてどうやら最上級の物を用意してくれたみたいだな!」


満足そうな笑みを浮かべて、ルドルフは少しだけ酔ったのか、オリヴィアにも早く飲めと催促した。ただ……当のオリヴィアの方は浮かない。


(そうか……わたし、明日死ぬかもしれないんだ……)


ルドルフの言葉によって、今更ながらそのことを直視することになり、オリヴィアのグラスを持った手は小刻みに震えた。素直に死にたくないと思って、涙が頬を伝うと、それを見たルドルフはそんな悲し気な顔をした妹を抱きしめた。


「心配するな。お兄ちゃんが必ず守ってやるからよ」


その言葉を聞いたとき、オリヴィアの中にあった記憶がふと蘇る。それは、幼き日……まだ5歳か6歳にも満たなかった時期に、大きな飼い犬から身を挺して守ってくれた頼りがいのある兄の姿だ。


「お兄ちゃん……わたし、わたし……」


ゆえに、オリヴィアは安堵したように、それからしばらく泣きじゃくった。心の底から湧き上がってくる恐怖を吐き出しながら。


「ああ、わかっている。大丈夫だ。必ず救って見せる」


そして、そんな妹の背をあやすように擦りながら、ルドルフは決意を固める。場合によっては、領地も爵位も何もかも返上してでも、妹の命は助けてもらおうと。


そんな二人きりの兄妹を窓から差し込む月の光は、いつまでも温かく見守ったのだった。

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