第146話 悪人は、王にハーレムを与える
「なあ、ルクセンドルフ伯よ。本当にいいのか?本当にどの娘でも選んでよいのか?」
「もちろんでございますよ、陛下。子作りも重要なお仕事でございますゆえ……」
宮内大臣になってからすでに半月余り。こうして離宮を改装して作ったハーレムに、ヒースはハインリッヒを案内していた。集めた女の数は32人。年齢はバラバラであるが、一つだけ共通していることがあるとすれば、婚約者や夫に捨てられた哀れな事情があるという点だ。
(こやつの中にはどうやら寝取り願望があるようだからな……)
以前、部屋で見つけたエロ本の内容より、これならばきっと満足するであろうと、ヒースは自信を持ってハインリッヒを中へと案内する。すると案の定、気に入った娘が見つかったのだろう。その者の手を取った。
「本当に良いのだな?本当にこの者を抱くぞ?」
「どうぞ、ゆっくりお楽しみくださいませ。この場所には、誰も近づかせませぬゆえ……」
それは、内大臣であるティルピッツ侯爵ウィルバルトも婚約者であるオリヴィア嬢も例外ではない。暗にそのことを言い含めて、ヒースは伝えた。
「そうか!伯は、本当はいい奴だったのだな。カスパルのことで余に含むところがあるのかと疑っておったが……」
「あれは、宰相閣下に押し切られたのでございます。わたしの本心は、常に陛下と共にあります」
内心では反吐を吐きそうな気分になりながらも、ヒースは平然と嘘を吐いた。だが、単純なハインリッヒはそのことに気づかない。
「あいわかった。一瞬でも伯の心を疑った余を許してくれ」
そう言い残して、女に導かれるようにして彼女の部屋に消えていった。そして、こうなるとこれ以上ヒースがここに留まる理由はない。
「後は頼んだぞ」
この離宮を管理する部下たちに言い残して、次は王宮にいるウィルバルトの下に向かった。ハインリッヒを堕落させる計画が予定通り始動したことを伝えるためだ。
「内大臣閣下。例の計画の件ですが……」
ウィルバルトの執務室に入ったヒースは、そう言いかけたところで、そこにオリヴィア嬢がいることに気づいて元来た道を戻ろうとした。しかし、上手くは行かなかった。
「ルクセンドルフ伯爵!ハインリッヒ陛下にお会いしたいのですけど、どこに行かれたのですか?」
まさか正直にハーレムに行ったとはいえずに、ヒースはウィルバルトを見た。だが、彼は何も言おうとはしない。つまり、ヒースに丸投げということだった。
「オリヴィア嬢。わたくしは、ハインリッヒ陛下の臣下にございます。その答えを例え知っていたとしても、答えるわけには参りません」
「それは、知っているということなのですね?……でも、答えることができないというのなら、それは……女なのですね?」
「申し訳ありませんが……お答えするわけには参りません」
内心でこの少女の聡明さに感心しつつも、ヒースは断固として本当のことを告げることを拒んだ。すると、彼女は「もういいです」と言って部屋から出て行く。
同時に執務席に座るウィルバルトから、ため息が零れるのが聞こえた。
「大丈夫ですよ。オリヴィア嬢は決して例の離宮に辿り着くことは有りません」
だから、ウィルバルトの懸念を取り除くように、ヒースは離宮の周囲に罠を仕込んだことを説明した。それは、【揚羽蝶】によって構築したもので、特殊な鍵を持たない者が近づけば、散々歩かされた挙句、入り口に戻ることになると。
「いや……そうではない。ワシがさっき思ったことはだな……」
少し言い辛そうにしながらも、口にしたその言葉は、ヒースにオリヴィアを寝取ってもらいたいというものだった。
「お待ちください。冗談ですよね?」
「冗談か……。ワシは結構本気なのだがな」
ウィルバルトは、苦笑いを浮かべながらも「そうしてもらえるならば、非常に助かるのだが」とヒースに告げる。だが、流石にこれ以上夫人だの愛人だのを増やせば、エリザをさらに追い詰めることになりかねない。
「お気持ちは理解いたしますが……わたしにも事情というものがありまして……」
「なんと!ワシの孫娘が気に入らんというのか!?」
「いや……気に入らないとかではなくてですね……」
ヒースは怒り出したウィルバルトに手を焼き、どうしたらいいのかと頭を悩ませた。黙らせるだけならば、毒魔法でも放って息の根を止めればよいのかもしれないが……もちろん、そんなことはできるはずもない。
すると、そのとき部屋の外から「宰相閣下がお呼びです」という声が聞こえた。
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