第193話 悪人は、前世の名を……
バタンテールを魔族の手から解放してから、1か月が経った。ヒースら一行は、メリダ港から今、ロンバルドに帰国しようとしている。そのため、彼らの活躍に感謝している多くの市民がこの港に殺到して、別れを惜しむ声を上げていた。
「ブレンツ子爵!今までありがとう!!」
「カーテローゼ様!娘の命を救っていただきありがとうございます!」
ただ、レジスタンスを長く率いたブレンツ子爵や治癒魔法によって多くの人命を救ってきたカリンを称える声が圧倒的に多く、この他にわずかにあるのは、裏方に回って病院を切り盛りしていたアーベルの功績に気づいたわずかばかりの病院関係者といったところだった。
ルキナは記憶操作の結果、功績も忘れられていて、ヒースに至ってはすべて裏で話し合いをして和平を実現したため、誰もその功績に気づいていなかったのだ。
「さて、ワシはお呼びではないから、部屋に戻るよ」
だから、ヒースはわざとらしく拗ねたようにして、甲板から自室に戻り、念入りに鍵をかけた。だが、これは演技であり、別の理由がある。ポケットから指輪を取り出すと、転移機能を発動させる。行き先は魔王城だ。
「あ~ん、あなた!お帰りなさい。お風呂にします?食事にします?それとも……わ・た・し?」
「そんなのは決まっておるではないか。おまえ以外にあり得ると思っておるのか?」
そう言いながら、ヒースはリリスに口づけをして、そのまま誘われるままに寝室に向かおうとした。しかし、そんなバカップルの二人に、平蜘蛛のアカネは呆れたように言い放った。
「あの……今日は、真面目なお話をするのではなかったのでしょうか?」
……とは言っても、主な議題は『第四夫人の立場を受け入れるか』という至極どうでもいい話だった。たが、それでもこうして魔王城に呼び出されているのだ。アカネにすれば、早く解決して家に帰りたいというのが本音だった。
それなのに、この色ボケ魔王はあくまでも自己中心的に物事を考える。
「えぇー!あとじゃダメかしら?わたし、あそこがもうウズウズしちゃって……」
「その間、あなた方の睦み合う音や喘ぎ声をわたしに聞けと?セクハラですが……」
「あら?アカネちゃんって意外にエッチなのね。ずっとここに居て、側耳立てる気なんだ」
そして、一人で悶々として慰めるのならば、一緒に混ざるかとからかわれて、茹でだこのように顔を真っ赤にして抗議した。そんなふしだらな世界に自分を巻き込むなと。すると、リリスは「冗談だから、そんなにムキにならないで」と言って笑った。
ただ、一方で解決しなければならない話であることは確かで……エッチなことはこの後のご褒美とすることにして、まずはまじめな話をすることにした。
「それで、第四夫人という立場は嫌なのだな?」
「嫌とは言ってないわよ?でもね、わたしこう見えても魔王だし……第四夫人だと、部下に示しがつかないというか……」
だから、リリスはお願いする。奥さんと別れて、この国で改めて自分だけと結婚して欲しいと。もちろん、ヒースの答えは否だった。
「悪いな、リリス。ワシは何よりもエリザのことを愛しているのだ。浮気はするが、別れるなんてあり得ないな」
その答えを聞いて、初心なアカネは改めて主のことを最低な男だと断じた。最愛の妻がいるというのに、なぜ堂々と浮気をすると宣言できるのかと呆れて、密かにそのエリザに密告しようかとも考えた。
しかし、肝心の魔王リリスの方は、そんな最低な男にベタ惚れの様で……
「それでは、第四夫人という名ではなくて、別の言葉ではどうでしょう。例えば、現地妻とか?」
ポンコツ度に磨きをかけて、アホなことを言い出した。
「前にも申し上げましたが、現地妻って愛人のことですよ!それでも良いのですか!?」
「あ……」
確かにそれでは本末転倒である。そのことをアカネに指摘されて、リリスは再び悩み、やがて半べそを書き始めた。「それなら、どうしろというのか」と。
だから、アカネは事前に用意していた答えをヒースとリリスの前に提示した。すなわち、前世である松永久秀の継室とすることを。
「何を言っておる、平蜘蛛よ。今のワシの名は、ヒース・フォン・アルデンホフだ。松永久秀と言って、誰が分かるというのだ?」
「わからないからいいのでは?第一、魔王様の夫となるということは、魔族の一員になるということですよね。まさか、そのヒースとかいう本名を名乗るのですか?」
つまり、アカネは人族の世界と魔族の世界で名を使い分けてはと提案したのだ。それならば、リリスが松永久秀の妻を名乗っても問題ないからと。
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