第194話 悪人は、軍師に助言を求める

「……ヒース、これからいいかしら?」


ここは、船内のヒースの部屋。リリスらとのやり取りでぐったり疲れてベッドで寝ころんでいたところで、ルキナがドアをノックしてきた。


(はぁ……今は、そんな気分ではないのだが……)


心の中ではそう思いながらも、ここでドアを開けなければ、怪しまれるかもしれないと考えて、ヒースはルキナを受け入れた。そして、暫く談笑した後に彼女を抱いた。


「あっ、ああん!!」


昼間にあの打ち合わせの後でリリスを抱いてはいたものの、ヒースの精力はそれしきのことでは枯渇したりはしない。だから、今夜もルキナが快楽で意識を失うまで、夫としての務めを果たした。


ただ……その後で、ひとり考える。それは、魔王の配偶者という形で『松永久秀』の存在をこの世界に蘇らせてもいいのかということだった。


「平蜘蛛の言うとおり、確かに魔王を嫁にするのであれば、実名を名乗るわけにはいかないが……」


ルキナを起さないように静かに部屋を出て甲板に上がり、ヒースは真っ暗な海を眺めながら思う。だからといって、捨てた前世の名を名乗るのはどうなのかと。そもそも、ルキナやローザはその名を知っているのだから、そこでどうしても浮気のことは説明しなければならないのだ。


それなら、別の名前にすればいいように思えるが、それはそれで複雑な思いをヒースは抱いていた。何だかんだと言って、リリスのことがすでに手放せないほど気に入っていて、存在しない架空の男の妻にするのは、例え形式だと言っても簡単に頷くことはできなかった。


ましてや、平蜘蛛が提案した『織田信長』などという、いかにも大魔王のような偽名なんぞ名乗ったりしたら、ヤツに寝取られたようで屈辱だったりする。……到底受け入れるわけにはいかなかった。


「さて、どうしたものか……」


とはいうものの、名乗りについては先程までの脳内議論によってすでに結論は出ていた。アカネの言うように、『松永久秀』の名を使うことがベストまでは行かないが、ベターであると。ただ、そうなると残るはこのことをエリザたちに打ち明けるかという点だった。


(同姓同名で誤魔化すか?いや……今まで、魔族のことは伝わってこなかったのだ。そもそも、魔王が結婚したことも、その相手の名前も、ロンバルドにまでは伝わらないのでは?)


一瞬そのような甘い考えが浮かんだが、そのためにはこの先、魔族が人族の国に侵攻をかけないことを確実にしなければならない。今は約束してくれているが、リリスが将来心変わりをしたり、下からの突き上げを抑えきれなくなって暴発する可能性だってあるのだ。


そして、その時はほぼ確実にバレてしまうことから、ヒースは悩んだ。


「あれ?お義兄さま。こんな時間におひとりですか?」


「アーベル……」


周りに誰もいないと思っていたのだが、背後から声を掛けられてヒースは驚いてその名を呟いた。そして、気づく。今の自分は周囲に注意が払えない程に心が弱っていることを。


それゆえに、ヒースは思い切って相談することにした。全ての事情をブチ撒けた上で。


「ま、魔王と……ですか?」


「そうなのだよ、アーくん。つまり、ヤった責任を取れと迫られていてな……。どうしたら良いと思う?」


「どうするって……正直に言うしかないでしょう。今まで、隠し事をしてエリザさんにバレなかった試しがありますか?」


「……ないな。ディアナとのことも、3日以内には掴まれていたようだし……」


「そうでしょ。だったら、そのマツナガなんとかとかいう名前で魔王と婚礼を挙げる前に、少なくともエリザさんとルキナさん、それに摂政殿下ら政府上層部には伝えておくべきかと」


「政府上層部?奴らにも言う必要があるのか?」


「当然でしょう。さもなければ、万一全てが明るみになった場合に反逆罪に問われることになるでしょう。もちろん、お義兄さまやご家族は、逃げることができるでしょうが、家臣、領民は……」


「なるほど。ワシのせいで犠牲になるということだな……」


ヒースは自分でも極悪人であるとは自覚している。しかし、自分が助かるために自分を慕ってくれている者たちを犠牲にすることは、望んではいない。それゆえに、王都リンデンバークに戻り次第、アーベルの進言に従って行動することを決意した。

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