幕間 女魔王は、その悪人に恋をする

「昨夜は、お楽しみでしたね……」


ヒースを森の出口まで見送り、戻ってきたアカネは、まだテント内のベッドの上で精根尽き果てて横たわっているリリスに、呆れたように声を掛けた。ちなみにだが、リリスはまだ裸である。


「まさか……あんなに凄すぎるとは思っていなかったわ……」


「だから申し上げましたではありませんか。我がご主人様は、そんじょそこらの男とは違っておりますと」


「言っていたわね……確かに。でも、あんなに凄いとは普通思わないでしょ?反則よ、アレ。女神が堕天するはずだわ……」


そう言いながらも、リリスは敗北を認めて、すでにヒースの軍門に下ったことをアカネに告げた。そして、その上で相談する。彼の妻になるためにはどうすればよいのかと。


「まず、問題なのは種族が違うということよね。魔族と人間、結ばれた事例はないことはないけど、彼が受け入れてくれるかは別だし……」


「まあ、そうですね。ご主人様はすでにご結婚されていますから、普通のやり口では受け入れてくれないかと」


「え……?」


何気なく言い放ったアカネの言葉に、リリスはそう声を漏らして固まった。すでに知らせているつもりで話していたのだが、この様子だとどうやら知らなかったようだ。今にも泣きそうな顔をする。


「ま、魔王様。何も結婚ばかりが全てではございますまい!お種は頂いたのでしょう?だったら、一先ずはよかったではありませんか。愛し合った証は手に入れられたわけですから……」


「そんなんじゃダメなのよ!この子は、あの人と一緒に育てたいし、それに……また抱かれたいのよ!!」


おそらくは、後者の方が本音だろうなとアカネは思うが、ついにリリスは泣き出してしまったため、それを口にするのは控えた。ただ……だからといって、妙案が浮かぶわけでもない。


(どうしよう……手っ取り早いのは、あの女神崩れの女を始末することだけど……)


それをすれば、確実にヒースは許してくれはしないだろうと考えて、即座にそのプランは破棄した。……となれば、残るは愛人となるより他はないと考える。


(ただ……プライドが高いリリスさまのことだ。不倫関係などという不名誉なことは拒まれるだろうなぁ……)


だから、別の言い方に変えることを考える。『愛人』がダメなら、『現地妻』や『側室』、そして……『第二夫人』というように。


「第二夫人?」


「ええ。何しろ、我がご主人様の実力ならば、妻は複数いてもおかしくはないかと。ですので、リリスさまは第二夫人になりたいと願われるのがよろしいかと……」


まさか、すでに第三夫人まで予約が入っているとは知らずに、アカネはそう進言した。すると、リリスは泣き止み、それは妙案だと食いついた。


「第二夫人だろうと、妻は妻ですからね!」


一体誰に向かって言い放っているのかはわからないが、ここまでのやり取りでどうやら本気でヒースの妻になりたいということは、アカネも理解した。ただ、そうなると……もう一つ解決しなければならない問題があった。


「夫婦となることを目指されるのであれば、ご主人様にどうやって魔王城にお渡り頂くのかを考えないとなりません。リリスさまに妙案は何かございますか?」


「え……?わたしがヒース様のおうちに押し掛けるのではダメなのかしら?」


「ダメに決まっているでしょう!あなた様は魔王なのですよ。それなのに、人族の住む町で暮らすわけにはいかないでしょう!」


一体何を考えているのかと、アカネは呆れたようにリリスを諫めた。そんなことをすれば、第二夫人になるという話自体が御破算となり、さらにヒースの怒りを買う結果になると脅して。


「じゃあ……どうすればいいのよ」


「何か、魔道具のようなものはないですか?そう……例えば、ロンバルドのご主人様のお屋敷から魔王城に転移できるような……」


そんな都合の良いモノなどはあるはずもないだろうと思いつつも、アカネはダメ元で訊ねてみた。しかし……


「転移かぁ……そんな便利なアイテム、あるわけ……いや、あったわねぇ……」


意外なことに、リリスは祖母の遺品にそのような効果を持つ指輪があったと言った。無制限で転移できるわけではなく、予め登録した6つの場所のいずれかにしか転移することができないが、それでも逢瀬を重ねるには何の支障はないとして。


「すぐに魔王城に戻って探してくるわ。だから、あなたは10日後にもう一度、ヒースをここに連れてきてもらえる?」


「わかりました。今から追えば間に合うでしょうから、必ず伝えます」


トピリアは、すでに人族の手に戻っていて、ヒースに接触するのであれば彼が町に戻る前に行う必要がある。そう考えたアカネは、すぐさまリリスの前を辞してヒースを追いかけたのだった。

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