幕間 旧友たちは、再会を祝してグラスを重ねる
「……それでは、君たちの息子によって齎された再会を祝して、乾杯!」
夜の伯爵邸。ヒースやルキナなど、子供たちが寝静まった後で開かれた飲み会で、王弟リヒャルトはおどけたように言って、グラスを重ねた。ベアトリスと、昼の事情を聴いたオットーが苦笑いを浮かべた。
「それにしても、5年ぶりか……。早いものだな」
そう言ってグラスを傾けるのはアレフレッド・フォン・ロシェルだ。懐かしそうに視線を向ける先には、誰も座っていないのに一つのグラスが置かれていた。そこは、リヒャルトの想い人であったエマの席だ。
「それにしても、エマちゃんとの間に娘がいたなんて驚いたぞ!」
この中でただ一人事情を知らないオットーは、呑気そうにリヒャルトの肩を叩きそう言った。公式な場では一介の伯爵である彼がこのようなことをすれば大問題になるが、ここはプライベートな空間だとして、学院時代の頃と同じように接したつもりだった。
だが、周囲が微妙そうな顔をしているので、もしかしてまずかったのかと慌てた。
「大丈夫だ。そのことではないんだ」
そんなオットーを安心させるようにリヒャルトは言い、どうしてみんながそんな顔をしたのか謎解きをした。
今日連れてきたルキナ王女は、昨年修道院に入れられた王女であり、ヒースの献策で表向きは死んだことにして自分とエマの娘としたことを。オットーは耳を疑った。
「お、おい、まだ1杯も飲んでいないのに、いきなり酔ったのか?ヒースは7歳だぞ。揶揄うにしても、もっと他に……」
「あるだろう」と続けようとしたオットーであったが、妻であるベアトリスもオットーも笑っていない姿を見て、背筋に冷や汗が流れた。そして、悟る。冗談でないことを。
「しかもね、そのルキナ王女なんだけど、前世から結ばれているとか、どうのこうの言って、ヒースにプロポーズしたのよ……」
「な、なんだって!?」
オットーは驚き、思わずリヒャルトを見る。すると、「本当のようだ」と肯定して、ルキナが泣いて部屋に帰ってきたことを告げた。しかも振られたと。
「それなんだが……助けられたことを恩に感じすぎてということではないのか?」
この話を聞いてからずっと思っていたことを素直に述べたロシェル。そもそも、ヒースの献策だと『昔の恥ずかしい思い出』を盾に脅されたとはいえ、自白してしまったのだ。もし、そうであるのなら、小さな女の子を泣かしてしまった責任を感じずにはいられなかった。だが……
「ああ、気にしなくてもいいよ。元々、このことがなくても、ヒース君に会いに行く手段をずっと考えていたようだから」
リヒャルトはそう言って、兄の娘だった頃からそれとなく相談を受けていたことを話した。どうやら、叔父と姪としても元々仲良しだったようだ。
「でも、どうしてうちの息子のことをそんなに気にかけていたのかしら?」
「さあ……?あの子はあんな感じで『前世』のことだとしか言わないからね……」
だから、本当にそうじゃないかとリヒャルトは言った。
「そういえば……あなたもエマも、そっち系の話が好きだったわね……」
ベアトリスは苦笑いを浮かべた後、懐かしむようにエマが座るはずだった場所を見た。
「ところで、話は変わるけど、あのエリザって娘。おまえの娘だってな!」
学院時代に手ひどい失恋を経験して、「もう恋なんてしない」と宣言して神官の道に入ることにしたはずなのではと、リヒャルトはロシェルに言った。ロシェルは、ちらりとベアトリスを見て、彼女が頷いたのを見てから、真実を話した。ヒースの嫁にするために養女にしたことを。
「はぁ!?それじゃ、あの子は平民なのか?」
リヒャルトは驚き、思わず声を上げた。あいさつを先程受けたが、立ち居振る舞いは完璧で全然そうは見えなかったからだ。
「まあ、わたしがみっちり教えているからね!」
その言葉を聞いて、ベアトリスは嬉しそうにグラスを傾けた。そして、言った。「わたしの自慢の娘だ」と。
「なあ、ベティ。そろそろ、同じくらいカリンにも愛情を注いでくれないか?あの子も4歳になったわけだし……」
「何度も言うけど、あの子はあなたの娘かもしれないけど、わたしの娘じゃないわ。世間体があるから、伯爵家の娘にしてあげてるんだから、いい加減それで満足してくれない?」
ベアトリスは容赦なく夫の要求をはねつけた。その二人のやり取りに、リヒャルトもロシェルも「相変わらずだな」とその力関係を懐かしく思った。
「しかし、養女とは言っても、アレフの娘だとロシェル侯爵家と縁を結ぶことになるが……大丈夫なのか?この周りは【外戚派】の諸侯の方が多いのでは?」
リヒャルトは心配して、ベアトリスにそのことを訊ねた。そもそも、どちらの派閥にも加担しないために、自身の結婚相手を中立派だったリートミュラー侯爵家から迎えたのではないのかと。しかし、彼女はクスクスと笑って言った。
「ははは、何言ってんのよ!だから、あなたは昔っからわたしを買いかぶり過ぎだって言ってるでしょ。わたしがいつ、そんな小難しいことを言ったかしら?」
「え……?だって、そうじゃなかったら……」
当時は、彼女を結婚相手に求める高位貴族は多かったのだ。そんな中で、侯爵家とはいえ、庶子で部屋住みのオットーをどうして選んだのだと、リヒャルトもロシェルも、そして、その時選ばれたはずのオットーでさえも、真意がわからず顔を見合わせた。
すると、ベアトリスは大きなため息を吐いて答えた。
「答えは簡単よ!わたしが……この人がいいって思ったからよ。お兄さまたちに馬鹿にされたって、一生懸命頑張っていたあの姿を見ていたらね……」
いつの間にか好きになっていたと、お酒の勢いで初めて告白したベアトリス。
「そういう意味では、わたしもあの子のことは言えないわね」
顔を赤くして笑いながら、呆気にとられる男どもの顔を肴に、ベアトリスはさらにグラスを傾けたのだった。
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