第33話 悪人は、修羅場に立ち会う
「あの母上?せめてお話を……」
「あら、ヒース。わたしは発言を許可していませんよ?反省が足りないのなら、もう1冊載せますか?」
「ひっ!い、いえ……ナンデモアリマセン!」
ここは再び応接室。但し、先程とは異なり、ヒースは部屋の片隅で正座をしている。膝の上に分厚い百科事典を3冊積み上げて。そして、余計な口を挟めば、もう一冊それは増えることになる。足の痺れを我慢し続けているヒースは、顔を青くして口を噤んだ。
「あの……ヒース様がかわいそうだと……」
すると、そんなヒースを見かねて、エリザが助け舟を出そうとした。自分は気にしていないから許してあげて欲しいと。ヒースはその姿に天使を見た。しかし……
「あら、エリザは優しいわね。……でも、覚えておきなさい。浮気をした旦那に隙なんて見せると、愛人は無限大に増えるわよ。だから、もう二度とさせないように、シメルときはシメルないとね♪」
ベアトリスは容赦なくその助命嘆願を却下して、エリザに教えを教示するように言った。これも愛情よと。こうなると、立場の弱いエリザができることは何もない。
「それで、王女殿下にあらせられましては、一体わたくしたちに何をお求めなのでしょうか?」
そんなヒースのことなど放置して、ベアトリスはようやく話を切り出した。そして、大した用がないのであれば、そのまま帰ってもらいたいとも。だが、この程度の挑発にルキナは乗ったりしない。外見は子供だが、中身は大人なのだ。
「それじゃ、手短に言うわね。わたしとヒースの結婚を認めて欲しいの。いいわよね?」
王家と縁続きとなる——。それは、普通の伯爵家であれば、僥倖としか言いようのないほどの出来事であり、例え婚約者がいたとしても、一にも二にも頷かざるを得ない話だ。だから、それだけにルキナの顔には余裕が窺える。
だが、ベアトリスはこの提案に首を左右に振った。「受け入れられない」と。
「どうしてよ!」
思わぬ回答に、ルキナは声を上げた。その表情は歪み、先程までの余裕は微塵も残っていない。
すると、ベアトリスはため息を吐いた後、淡々と答えた。
「そんなの決まってるでしょ?ここに居るエリザがすでにヒースの婚約者となっているからですよ」
ベアトリスはグイッとエリザの両肩を掴み、押し出すようにしてアピールした。すでに席が埋まっているのだから、おまえの座る場所はどこにもないと言わんばかりに。
しかし、当然だがルキナも諦めたりはしない。
「だけど、わたしは王弟リヒャルトの娘なのですよ!?どこの貴族の娘か知らないけど、そんな約束なんか破って、乗り換えた方が伯爵家のためになるのでは?」
「言っておきますが、エリザは、ロシェル司教の娘。つまり、ロシェル侯爵家に連なる令嬢なのです。王女殿下なら、その意味……わかりますよね?」
「そ、それは……」
ニッコリ笑顔で優しく告げるベアトリスに対して、ルキナの方は返す言葉が見つからず、言葉を詰まらせた。
ロシェル侯爵家の当主は司教の兄にあたるが、宰相ローエンシュタイン公爵の片腕として、現在、司法大臣の要職にある男だ。その侯爵家と縁を結ぶということは、つまりルクセンドルフ伯爵家は、宰相派に与したということだ。
(……そして、旗幟を鮮明にした以上、それをなかったことにするわけには行かない)
もし、ここでルキナの求めに応じて婚約破棄などすれば、忽ちルクセンドルフ伯爵家は宰相派に属する貴族たちを敵に回してしまうのだ。ベアトリスの主張が正しいとルキナも認めざるを得なかった。
だが、それでもルキナは諦めたりはしない。考えて考え抜いた末に、「いい方法を思いついた」と口を開く。
「そうよ!エリザ、あなたの方からヒースを振れば問題ないわよね」
「え……?」
ルキナはベアトリスから目をそらして席を立ちあがると、エリザの側に近づき、彼女の手を握って訴えた。
「お願い!わたしとヒースは、前世で結ばれていたのよ。だから、ここは譲ってもらえないかしら?」
「ちょ、ちょっと!王女殿下!」
ここに来て初めてベアトリスが慌てて、ルキナを止めようとした。しかし、ルキナはそんなベアトリスに「これは自分たちの問題なので、口を挟まないで」と言って制止し、エリザからの答えを待った。
もっとも……気弱そうな娘だから、折れてくれるとルキナは思っている。その証拠に、どうしようか今も目が泳いでいた。ゆえに、これで勝ったと勝利を確信した。だが……
「申し訳ありませんが、わたし……譲ることなどできません。だから、お断りさせてもらいます!」
その瞳に強い意志を宿して、エリザは力強くルキナに答えを返した。そして、こうなると完全に手詰まりだ。そのことを認めざるを得ず、ルキナはエリザから離れると、今度は彼女を指差して一方的に宣言するように言った。
「し、仕方ないわね!あなたがそう言うのなら、きょ、今日の所は、一先ず現状維持を認めることにするわ。……でも、いつか必ず、アンタからヒースを奪ってみせるから!」
「だから、覚えておきなさい」と、部屋から飛び出して何処なりへと去って行くルキナ。そして、そんな彼女を見送った二人も、もうここには用がないというように部屋を後にする。別室でケーキを食べましょうと言いながら。
「おい……ワシを置いていくな。これはいつまでやれば許してくれるのだ?」
……哀れなヒースを放置したままで。
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