第32話 悪人は、修羅場の入口に……
「ハイかイエスって言ってもだなぁ……ワシ、すでに嫁がいるんだが?」
「はあっ!?」
思わぬヒースの告白に、彼の手を掴んだままで声を上げたルキナ。どうしてそんなことになっているのか、さらに力を込めて問い詰める。
「実はだな……」
この場での隠し事は、後々厄介なことに繋がる。掴まれた両手が悲鳴を上げつつある中で、直感的に危険を感じたヒースは、事の次第を正直に説明した。その結果、ついうっかり、エリザを嫁にしてしまったことを。
「なるほど……」
「まあ、そういうわけだから……」
「要するに、その女を消せば全ては解決する……そういうことよね?」
「おいっ!」
まるで、自分のような考え方をするルキナに、ヒースは思わず声を荒げた。全然わかってないじゃないかと言って。
すると、ルキナはゾッとするような冷たい笑みをヒースに向けた。
「……そんなに、その女のことが大事なの?」
返答次第ではただでは済みそうにない、そんな印象を抱かされたルキナの言葉にヒースは思わず、「いや……そこまで大事だというわけでは……」と本音を零してしまった。迫力に押されたのは言うまでもない。
「それなら、問題ないじゃない」
「問題は大ありだ!エリザは、母上が娘のように可愛がっているのだぞ?手を出せば、何をされるか……」
ヒースの脳裏に、歩き巫女の一件がバレて【お尻ペンペン】をされた日の光景がフラッシュバックした。目の前のルキアも怖いが、母ベアトリスの方がもっと怖い。ゆえに、何とか思い止まるように説得した。火の粉が飛んでくることは確実だからだ。しかし……
「わたしは王女なのよ!そのわたしがどうして伯爵夫人如きに怖がらなければならないのよ!!」
ルキナは説得に応じることはなく、ついにこれ以上の問答は無用とばかりに部屋を飛び出していった。ヒースを残したままで。
「おい、待てよ!本当にヤバいって……!ワシが叱られるから止めてくれぇ!」
後を追いながらヒースは何度も必死に声を上げた。行っちゃダメだと、ルキナに思い止まらせようとする。しかし、彼女は止まることなくそのまま進み、ついにヒースの視界から消えた。1歳年上のルキアの足についていけなかったからだ。
(はぁ……どうしてこんなことに……)
ヒースは、見失った廊下の角でため息を吐いた。
そもそもエリザとは、最初にベアトリスに会わせて以来、数度しか顔を合わせていないのだ。家族から引き離してしまったという責任を感じて、将来、妻に迎えることにはなっているが、今のところ、好きだとか抱きたいとかいう気持ちは全くない。何しろ、お互いまだ7歳なのだから何の不思議もないことだ。
「まったく……これだから、恋愛経験の少ない女に手を出すと後が厄介なんだよな……」
だが、ルキナは本気で嫉妬して視野が狭くなっている。前世の記憶があるから精神の方は大人のはずなのだが、全然そのような余裕のある感じを受けない。ゆえに、手を出してしまった過去の自分を殴りたいとヒースは独り言ちた。
「手を出した?それはどういうことかしら……ヒース?」
そのときだった。後ろから突然声が聞こえたのは。
「は、母上……?」
振り返った先に居たのは間違いなくベアトリス。隣には清楚な出で立ちをしたエリザもいた。但し、二人とも「聞いては成らぬことを聞いたしまった」というような……何とも言えないような表情をしていた。
「へ、部屋にいたのではないのですか……?」
「エリザと二人で庭に出ていたのですよ。リヒャルトが『あなたとお話があるから席を外すように』と言うので、時間潰しにね……」
「そ、そうですか……」
ヒースはそう言った後、一度唾を飲み込んだ。母・ベアトリスの目が笑っていないのだ。
「ねえ、ヒース?」
「は、はい!」
「わたし、言ったわよね?もし、エリザを裏切るような真似をすれば、廃嫡するって」
覚えているわよねと念を押すようにベアトリスは言う。ヒースは「もちろんです」と答えた。
「それなのに……どうして、ルキナ王女に手を出したのです?」
そもそも王都から遠く離れたこの伯爵領に、昔馴染みというだけで王弟とその娘が前触れもなく訪れること自体が異常なのだ。どういう経緯でそんなことになったのかはわからないが、状況から見て『黒』だとベアトリスは断じた。
「ご、誤解です。母上、わたしは決して……」
「あっ!見つけた!!」
「ルキナ……」
間が悪いとはこのことだろう。母の部屋に誰もいないことに気がついたルキナがここに戻ってきたのだ。
「これは、王女殿下。少し、お話したいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「ええ……わたしも、伯爵夫人にも、そちらのエリザさんにも、是非聴いて頂きたいお話があります。こちらこそお願いします」
……いよいよ修羅場の幕が上がろうとしていた。
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