第34話 悪人は、父を見殺しにするか検討する
「……絶対、諦めないからね。覚えておきなさいよ、ヒース!」
去り際に強烈な捨て台詞を吐いて、ルキナは翌朝、リヒャルトと共に王都に向けて旅立っていった。王都からこのルクセンドルフまでは、馬車で5日以上はかかるから、次に会うのは学院に入学する3年後のことだろう。
そう思いながら、見送りに集まっていた父や母、エリザにカーテローゼ、そして、ロシェル司教と共に屋敷内に入ろうとした矢先、遠くから早馬らしき姿が視界に入ってきた。
「そこにおられるのは、オットー様でしょうか?わたくしは、リートミュラー侯爵閣下から派遣された者です!」
「父上からの!?」
オットーは驚いたように声を上げて答えたが、用件は薄々感じていた。そして、馬から降りて礼儀正しく跪いてその使者は、やはりそのことを告げた。
「侯世子ジークハルト様がお亡くなりになられました。至急、領都の屋敷へお越し頂きたいと、侯爵閣下からのお言葉にございます」
一難去ってまた一難。伯爵家の朝に再び激震が走った。
「行ってはダメよ!きっと殺されてしまうわ!!」
ベアトリスの甲高い声が室内に響いた。ここはオットーの執務室で、ベアトリスの外にロシェルと……ヒースもいた。
「そんなこと言ったって、父上が呼んでるんだよ?行かないわけにはいかないじゃないか!」
どうしてそんなことを言うんだとばかりに、オットーは怪訝な表情を浮かべた。加えて言うならば、お世話になった兄の葬儀に参列してお別れをきちんとしたいという個人的な想いも見え隠れする。しかし、ベアトリスは止まらない。
「だから、人が良すぎるっていうのよ、あなたは!」
「さっきから何を言ってるんだ!ただ葬儀に参加すると言うだけなのに、意味が分からないよ!」
益々、ヒステリックになるベアトリスに、オットーの方も感情的になって声を荒げた。そんな二人を見かねて、ロシェルが間に入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ベティの言い分もわかるけどさ……とにかく冷静にならないと判断誤るから」
そして、とにかくまずはお茶でも飲もうと、呼び鈴を鳴らしてはメイドを呼んで、用意してもらうように依頼した。そのため、二人は一旦戦闘態勢を解いて応接ソファーに向かい合うように腰を掛けた。
(さて……この状況をどうするべきか?)
そんな両親の様子を眺めながら、ヒースは心の内で考え始める。自分の利益になる最善の手は何なのかと。
(まず……母上が心配するとおり、行けば父上は殺されるだろうな……)
以前聞いた祖父の話より、伯父ジークハルト侯世子の死因は、毒殺であるとヒースは見ている。次男パウルか三男ゲオルグのいずれかの仕業であろうと。そんな家督を巡る争いの渦中に無防備で踏み入れるのは、「殺してください」と言っているようなものだ。
何しろ、オットーは庶子ではあるが、相続権がないわけではないのだ。祖父フリードリヒの意向によっては、侯爵の地位と領地を継承する可能性はゼロではない。
(だが……ここで行かなければ、侯爵家の家督は確実に二人の伯父のいずれかのモノになる。それは面白くない……)
将来、この国を支配している宰相派と外戚派に対抗するためには、最低限、リートミュラー侯爵家の家督は必要となる。ゆえに、逃げることはヒースにとって得策ではない。
(……場合によっては、父の仇討と称して乗っ取ってしまうか)
父の死に不審があったとして、王弟リヒャルトに動いてもらって、どちらも断罪する。そうなれば、侯爵家の家督は自分の所に転がって来るし、さらにこの伯爵家の家督も手に入るのだ。悪い話ではない。ヒースは皮算用をしながらほくそ笑んだ。
そうしている間に、お茶を飲んで一呼吸がついたのか、ベアトリスが心配していることをオットーに静かに伝えていた。そして、オットーの方も静かにそれに耳を傾けていた。
「ベティ。君の心配していることはよくわかったよ。声を荒げてごめん……」
「いえ……わたしの方こそ、ごめんなさい。少しカッとなっていたわ……」
どうやら、仲直りをしたようである。
「しかし、やはり行かないといけないというのがボクの結論だ。そんな状態なら猶更、父上のことが心配だからね」
「あなた……」
改めて決心を告げたオットーに、今度はベアトリスも反対しなかった。そこまで決意が固いのであれば、彼の性格からして翻意することはないだろうとわかっているためだ。
だが、こうして話がまとまりかけたところで、ヒースが口を開いた。
「父上!是非、ボクも連れてってください!!」
それは、とても無邪気な言葉だった。まるで、ピクニックに連れてって欲しいと言っているみたいに。しかし、その言葉は、オットーだけではなく、ベアトリスもロシェルも固まらせた。
「ヒース?おまえは一体……」
「父上、ボクには力があります。父上を守ることもできるかと思います」
(やはり、まだ捨て駒にするのは早いな……)
最終的にそう結論づけたヒースは、今回はそう言って同行を申し出た。もちろん、反対されることも承知の上でだ。
(まあ、反対されたら諦めがつくから、どちらでもよいがな……)
返事を待ちながら、そんなことを思っていたヒースであったが、誰から異論が出ることもなく、あっさり認められたのだった。
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